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堀田 明美

クリスティーン・ポラスの『Think CIVILITY」礼儀正しさこそ最強の生存戦略である』

  9回では、クリスティーン・ポラス,夏目大(訳)2019『Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』Christine Porath 2016 Mastering Civility  A Manifesto for the Workplaceをとりあげます。

 クリスティーン・ポラスは、20年にわたり主に職場での「無礼な態度」の研究調査を行ってきたアメリカの研究者です。近年のグローバリゼーションにより、同じ場所に文化背景の違う人々が集い働くことは珍しくなく、一方でよしとされることが、もう一方ではそうではないことでの「無礼さ」が生じていることもとりあげられています。相互のより良い関係を築くため、様々な解決の手立てを見つけ出し、実践し、活用するための書物でもあり、こうしたことは、プロトコールや異文化対応の本質にも関係するものです。

 長年の研究からの究極の問い、「自分はどういう人間になりたいのか」の答えとして、「された方はどう感じたのか」と考えること、また無礼さによる金銭的損害も含めた考察から「礼節によってなりたい人間になる」という結論に至るまでの研究が綴られています。

 家族として最も近くにいた父親が、長年にわたり職場の上司の無礼な態度に苦しめられ、立ち向かえなかったという事実や経緯も記されています(クリスティーン・ポラス2019,pp.11-13)。同様に、打たれ強いと思っていた自分自身や周りの人々もまた消耗し、別人のようになってしまう経験などから、「Incivility」に対する最強の生存戦略は「礼儀正しさ」(Civility) という結論に至ったことがわかります。「はじめに」では、最近の研究成果を駆使したハウツーではなく、会社のため・そこで働く人のため・社会のためのいわば「宣言の書」だと記されています(クリスティーン・ポラス2019,p.ⅹ)。また巻末にある謝辞には、「常に他人のために働こうとするひとたち」「人に何かを与える」姿勢を持った周りの礼節ある人々・企業・団体などへの感謝が綴られています。

 第5刷(2019)の帯には、「一流のエリートほど、なぜ、不機嫌にならないのか?ビジネスに効く!人間関係も良くなる!社内「処世術」の秘訣・礼節メールの極意・危険人物の見抜き方・怒りを鎮めるコツ「職場の無礼さ」の研究、20年の集大成!全米で話題「礼節の科学」、日本初上陸!」の文言がありました。以下は、最新版の帯(下・右)の言葉を含めた書影、および2020年に出版された「まんが版」の表紙写真です。

クリスティーン・ポラス,夏目大(訳)2019『Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』東洋経済新報社 表紙(左)・表紙帯(右)(最新版) 表紙写真は出版社:東洋経済新報社より掲載許可を得ています。

クリスティーン・ポラス,星井博文(シナリオ)maki(作画)2020『まんがでわかる Think CIVILITY「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』東洋経済新報社 まんが版表紙 表紙写真は出版社:東洋経済新報社より掲載許可を得ています。

 プロトコールに関する講義も最終近くになった今回は、「プロトコールが上質の国際ビジネスマナーとも考えられている」という現代の考え方も含め、近年日本で「礼節」と訳されることが多い「Civirity」という言葉に関し、基本的なことをまとめてみたいと思います。書籍タイトルに大文字で書かれた「CIVILITY」という言葉は、西洋社会のプロトコールを考える上で、また多くの学際的な研究からも、それぞれに歴史的意味や変遷経緯を持つ重要な言葉です。

 木村俊道『文明の作法―初期近代イングランドにおける政治と社交―』によれば、「偉大なCivility」で名高いイタリアとフランスへの旅行は「文明の作法」を学ぶためであり、「真の政治学」や「完全なジェントルマン」への教育効果としての認識があったとされます。外国語や上品な礼儀作法を身に付けることを含め、イギリスでの「グランドツアー」は、まさに「文明の作法」の体現として「高貴な古くから続く習慣」であったと論じられます(木村,2010,pp.104 -109)。グランドツアーとは、イギリスで17世紀初頭から始まったとされ、裕福な貴族の子弟が、多くは家庭教師付きで長期の国外への旅行に出かけ、見分を広めたツアーのことです。このように礼儀作法教育と旅との関係が深いこともわかります。

 また、P.M.foni 2011『礼節のルール』および2002 Choosing Civility, The Twenty-five Rules of Considerate Conduct によればCivilityの由来は、都市(City) と社会(Society)という言葉にあり、ラテン語では「市民が集まるコミニティ」を意味する「civitas」からだとしています(P.M.Forni 2011,pp.21-22:2002,p.12)。 Oxford English Dictionaryでは、(古)フランス語のcivilité ,ラテン語civilisからのcivilitas ,16世紀中ごろまでpoliteness(上品さ)を象徴したとあります(筆者訳)。研究社新英和大辞典(第6版)では、1a(無作法にならない程度の)礼儀正しさ・丁重.b礼儀正しい行為,丁寧な言葉:2,(古)a教養 b文明,文化とあります。このように、ラテン語からの意味合いも深いイタリア語やフランス語では、それぞれの歴史的な礼儀作法や上品さなどの意味を含み、定義づけられてきたと言えるでしょう。

 クリスティーン・ポラスの書籍内容は、こうした言葉、「Civirity」を中心に置いた様々な視座での4章立てとなっています。特徴は、自身の、また世界中で行われた研究やリサーチに基づくもので、その中の1つは、200種類を超える行動特性が調査の対象になっているものあります。内容に関してここでは詳しく言及しませんが、書籍内でのデータ結果や分析、それらを基にしたビジネスでの実践の取り組みの共有は、読者の好感度や信頼感につながるものだと考えられます。試してみたいと思うアドバイスを用いることで、周りも巻き込みながら、より良き礼節環境の確保に近づくことができるでしょう。

 現代のわれわれは、ウェブサイトやソーシャルメディアに目をとめすぎ、他人にはあまり目を向けないという事実、またそれに関する自己認識すらないという指摘にも目が留まりました。そうした「無知」が人を無礼にし、人に害を与えていることに気づく大切さが様々な手法で綴られます(クリスティーン・ポラス,pp.8-9)。書籍内で示された多くの解決策の1つとして、子供の頃に教わったような些細な振舞い、例えば「挨拶」の重要性やその方法なども詳しく述べらます。

 どの場面においても、まずは一人一人が些細な行動の大切さを意識し、温かく互いのことを認め合おうとする態度や雰囲気は、何よりそこに集う人々を健全にし、元気にします。挨拶とそれに伴うお辞儀は、現在においても日本人の特徴的な礼儀作法の一つです。無理なく始めてみることで、周りのより良き変化とその好循環が期待できます。

 最後に、クリスティーン・ポラスが2018年10月3日に行ったTEDのスピーチ「同僚に敬意を持って接すると業績が上がるのはなぜか」から、その結びの言葉を引用します。

https://www.ted.com/talks/christine_porath_why_being_respectful_to_your_coworkers_is_good_for_business/transcript?language=ja

 「私たち一人一人がもっと心を配り、周りの人を高めてあげられるよう行動に移せばいいのです。それが職場であれ家族であれオンラインであれ学校であれ地域社会であれ同じです。一回一回のやりとりごとに考えてみてください。「私はどんな人間でありたいのだろうか」無作法の蔓延に終止符を打ち、礼儀正しさを広めていきましょう。きっと実を結ぶはずです。」

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