せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


堀田 明美

阿曽村智子の『国際交流のための現代プロトコール』

 第8回では、阿曽村智子が著した『国際交流のための現代プロトコール』を紹介します。2017年初版は大学講義用として着手され、現代プロトコールとして国際交流に焦点があてられています。2022年に新版としてさらに進化し、現在最も新しいプロトコール研究の書籍です。「本書の使い方と凡例」で、「プロトコールの全対像に理解を深めたい読者と、実践的に特定の情報をすぐに必要としている読者の両方を想定しています」(阿曽村,2022,p.ⅴ)とあり、汎用性のある内容の読み方・使い方が期待されます。

阿曽村智子 2022 新版『国際交流のためのプロトコール』東信堂

表紙写真は出版社:東信堂より掲載許可を得ています。

 プトロコールを外交としての国際儀礼と捉えるだけでなく、個人間での西洋起源のエチケットを対とし、「上質の国際ビジネスマナーの総体」(阿曽村,2017・2022,はしがき)としても捉えられる近年の考え方にも目が向けられています。外交の基本項目を押さえた上で、「国際的な文化・スポーツ交流の式典」、「ホテルや航空関係者」等、広く一般社会でも必要なものとして考慮され、プロトコールの全体像が幅広く捉えられています。全体では初版・新版とも300ページを超える大著となっており、項目として10章を36節で論じています。巻末には「接遇のための賓客情報チェックリスト」を含む17(初版では16)の資料が附されています。今回新たに加えられたNo.17の資料は(吹浦忠正:寄稿)「オリンピックと国旗」(阿曽村,2022,pp.302-303)です。

 このように、想定された読者とその使い方に関し阿曽村自身が綴っていますが、今回筆者は、それぞれの読者が目的を持ち、次のような読み方もしてみてはいかがでしょうかと提案します。

 まずは、グローバルな世界に生きている状況での世界と日本の立ち位置の確認、外国の方々と共に働く職場環境を含むダイバーシティ&インクルージョンへの対応、コロナ後再び増加の一途をたどる訪日外国人旅客への接遇、2024年パリオリンピックをさらに楽しむための知識、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)、瀬戸内国際芸術祭2025の開催に備える知識・心得・楽しみ方などとしてです。更には、大小様々に開催される国際交流の場での日本人としての発信と実践としてです。それぞれの場面と自分自身との関わり・考え方・立ち居振舞いの指針として、この書籍に隅々まで目を通していただきたいと思います。また、日常での国際交流としての観光に係るプロトコールの観点として以下少し続けます。

 相手を心地よくもてなすためには、国・個人を問わず、もてなす方・もてなされる方の双方がTPOに応じた知識と準備が必要です。そのためのプロトコールの内容が全編で綴られています。詳しい内容は記載しませんが、わかりやすい一例として、パーティーでの会話のためには、その場に応じた話題のみならず、「日頃から心がけて幅広く情報を整理しておくことも大切」(阿曽村,2022,p.235)だとあり、日常と切り離せないつながりとして捉えられています。

 国際交流や社交での場では、自国文化や風習を知り大切にすることは、相手国の文化風習に敬意を払うこととも同義であり、そうした場では、実際の態度を試されるような緊張を伴うことが予想されます。多様な違いを慈しんだり、気まずい雰囲気をユーモアで切り返したり、楽しんだりする余裕も必要であり、そのための日頃からの知識や情報でもあるとも言えるでしょう。令和の時代であっても誰もが国際的な社交経験が豊かだとは言い難く、ついわからないこととしてしまいがちです。近年のSNSでの情報の充実ぶりや、アバターでの架空空間の想定などは、それらを払拭する追体験の役割りも果しているように思えます。

 また、もてなし・もてなされる(自国・相手国)どちらの側も、国旗や国歌に関する儀礼は、最重要とされるプロトコールの実践です。上記書影でも、表紙には国旗がたなびいています。侮辱を目的とした外国旗や国章の破損・除去・汚損に関しては、刑法の適用となり、国旗のみならず、どのような状況にせよ細部にわたる決まり事や資料が整っているのは、不本意な不敬、また相手に恥をかかせることなく、今後のより良い関係を構築するための心得だと言えます。

 また、日常である自国の様式(和食・和室・服装(和服を含む)等)に関することは、誰もが知りたいと思う優先順位の高い観点ですが、見落とされることも多いものです。それぞれの詳しい項目内容には言及しませんが、初版・新版とも、日本でのもてなしを考えた場合、重要だと思われる座敷での席割りや和服に関しても、西洋式と同様に立項されています。

 世界共通のプロトコールとして、席次に関しては、席割りとしての優先順位があります。席割りに関しては、洋式と和式ではその様式が違っています。洋式のテーブルの一般的な席次にもイギリス式・フランス式があり、中国料理の丸テーブルに関しても席次があります。日本で外国の方をもてなす場合、最も大切なことは日本の建築様式においての知識であると思われます。先ずはもてなす側としての自国での自らの振舞を意識することが望まれます。席割り、床の間の扱いや座敷、畳や敷居に関する知見や振舞いは、「知らない」ではなく、自国の文化を来訪者に伝え、その方々に恥をかかせないためのもてなす側の責任とも捉えることができます。また茶席では正客・次客・詰の席など、特別な席割りもあります。日本では伝統文化の習得に稽古という言葉が使われますが、それは歴史と共に古(いにしえ)からの文化を持ち、それが今日に続く日本ならではの稽(かんが)み方だと言えます。その国ならではの文化の伝え方も思慮深く考える必要があります。今後ますます増えるであろう、本物を知る・学ぶための体験型ツーリズムなどは、最初からそうしたことに価値が置かれたものです。

 和室では、一般的・基本的には床の間に最も近い席が上席です。他に庭などの眺めが良い席が上席、出入り口から遠い席が上席など、その部屋における事前のしつらい等も含め考慮すべき判断基準が多くあります。阿曽村は、初版・新版共そうした床の間の配置にも言及し、接遇時に迷った場合の対処法なども示されています。異文化に接することが目的でもある観光の場面では、日常でどちらの側にもそうした迷いや戸惑いはおこりうることです。危機管理も含め、不要な誤解を招かぬよう、初版あとがきにある「実現すべきより高次の目的」(阿曽村,2017,p.308 )という言葉を意識することが大切でしょう。そのためには、コミュニケーションをとり、普段よりも言葉を多くして相手に伝え、またその場を異文化伝授の機会とも捉える方法を、こうした書物を読み、そのための準備として整えておくことが大切でしょう。

 観光は、自国の日常を離れた人々が、他国の日常と接し、混在する新たな世界を異文化として楽しむ場でもあります。一定のルールが尊守されることによる持続可能な観光を目指したものとして、世界観光機関(UNWTO)は、1999年に「世界観光倫理憲章」を示しています。責任ある持続可能な観光を実現するための規範です。プロトコールの「実現すべきより高次の目的」も、また観光での「異文化を楽しむという目的」も、個人のエチケット、公のマナーの順守、倫理観と共に、そのすべてが補完し合いながら機能していくものだと考えらます。

 最終章第10章「近・現代日本の外交とプロトコール―歴史的展望―」第3節4に、「礼儀作法の多様性と人類共通の価値」の項目があります。本文終章として阿曽村の考え方がまとめられています。また、両版共に附されたあとがきでは、長年の阿曽村自身の国内外での研究、および外交官家族として3大陸での10年余りによる公邸での接客経験、現地の方々との交際の中での学びが礎であったと記されています。阿曽村のこの書籍は、誰もが成し得ない貴重な学び・経験・実践が伴い、学術的にそれらが体系化され編まれたものであることがわかります。

 6回・7回でとりあげた友田二郎は、1960年代(1964年初版)、世界のエチケット・プロトコールを知らず目立ってしまう日本人像を危惧し、『エチケットとプロトコール』という丁寧な指南書を示しました。国際交流の時代となり、新たな視点を踏まえて書かれた阿曽村智子2017(初版)『国際交流のための現代プロトコール』のあとがきには、「相手の心を察して礼を尽くすプロトールの姿勢は、日本の武道に通じる」という一文がありました。様々な外交場面での見聞の様子を、文武一体の「真剣勝負」という言葉で表現しています(阿曽村,2017,p.308)。

 阿曽村の両版『国際交流のための現代プロトコール』から、筆者は、世界から見た日本を常に意識し、その最前線で「真剣勝負」していた日本の先人たちに思いを馳せることができました。ハードパワーの誇示だけではないその国の日常レベルでの誇りの見せ方も確認できました。合わせて、それぞれの国の文化の習得や心のあり方、思いやりやそれを形で表わす立ち居振舞い、そして何より人としての尊厳の大切さをこの書物から学びました。

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