④日本の昭和歌謡を旅する(その1)
~わが人生は悔いばかり~
今日はホリデー(海の日)で、明日は東京五輪の開会式でもあるので、どこかへおでかけの方もいらっしゃるでしょう。私は残念ながら休日勤務でした。なので、ちょっと息抜きに、いつもとは違った趣向でお届けします。なお、これは完全にエッセイで、講義ではないことをあらかじめご了承ください。
先日、大学図書館で偶然に見つけた、なかにし礼氏の著書『わが人生に悔いなし』を読みました。これはなかにし礼氏が作詞し、石原裕次郎氏が歌った曲名と同じタイトルです。私の人生は悔いばかりなので、これはうらやましいと思い読んだところその反対で、なかにし礼氏は幼少期の戦争体験、実の兄からの強烈な仕打ちや大病など、壮絶な人生を過ごされたようです。詳細はここには書きませんが、これを読んでいてふとひらめいたことがあります。それは、私の夢は「自由」を求めることだったのではないか・・・。(コイツ何を突飛なことを言ってんだ!などと怒らずに、どうぞ続きを読んでください。)
また、そのことが観光や文化財と何の関係があるのか、こじつけと言われること必至ですが、観光に出かけた先や、美しい景色や美術作品等を眺めているとふと一瞬、何かをひらめく瞬間があります。それによって、自分が進むべき道を見つけたり、それをきっかけに新たな職を得たりすることがあります。例えば、観光ツアーの農業体験をきっかけに、農業に従事することを目指したり、地域の伝統工芸に触れて、職人になったり、その土地が大変気に入って、移住してしまったとかいうのはよく聞く話です。本を読むということは、旅に似ていて、自分の知らない世界を見聞し、体験することができるヴァーチャルな観光でもあるのではないでしょうか。
さて、私は若い頃から夢をもって生きたいとずっと思っていました。特に仕事には、それに携わる意義と達成感を追い求めてきたような気がします。もちろん失敗し、途中で投げ出すこともありました。自分では精一杯頑張ったけれど不条理にも権力に負けたこともありましたが、つい最近、転職をするために職務経歴書を書いて何度も読み直したところ、人生の節々では何がしかの目標を達成しているように感じられたのがせめてもの救いです。
しかしながら、満足感はまったく得られていません。なぜなら、実はそのような仕事をすることが夢ではなかったのです。2021年度になってからは、もう仕事に意義を求めたり、達成感をたっぷりと味わいたいとは思わなくなりました。今の職場の定年である65歳まで、黙々と、淡々と仕事をして、ただ時間が過ぎ去るのを眺めていたいと思うようになりました。どうしてこのような心境になってきたのか、最初は自分でも分かりませんでした。つい最近まで同年代の人間の中ではやる気があり、現役性も高いと自認していたのに、とうとう疲れてしまったのか、やはり年を取ったからかなと悩みました。でも違いました。実は、いままで自分でも気が付かなった潜在的な『夢』に近づいているのでした。
私は、子供の頃から束縛されたり、命令されたりすることが大嫌いで、あまり人との関りを持ちませんでした。友だちと遊ぶより、家でひとりぶつぶつとしゃべりながら遊んでいるのが好きな子供でした。自らを社交性が高いと自認し、何かというと自慢げに話す人々については、人類で一番嫌いだと言っても過言ではありません。(私はホスピタリティ能力ゼロですが、本学の教員ではないので何卒お許しください。)20代、30代、40代の頃は仕事のためにそのような性格を矯正しなければと思い、コミュニケーション能力や協調性を高めるのはどうしたらよいかと、その関係のビジネス書をよく読んで工夫したものですが、そんなことで本来持ち合わせている性格を直すことはできませんでした。50歳を過ぎ年々この傾向は顕著となります。また、新型コロナの影響で、同僚と居酒屋でノミニケーションすることもなくなったため、最近では、同僚とでも仕事以外の話はあまりしなくなりました。
つまり、私はこの本を読んでいる間に、自分が、人(時には家族を含む)、物、時間、地縁、血縁などに束縛されない自由な居場所を、潜在的にずっと求めており、これまでの多くの仕事や人生経験を経て、徐々にそこに近づいていることに気がついたのです。ただし、まだ完璧にではありませんし、また、「自由」には「孤独」が付き物ですので、注意が必要で、あまりお勧めはできません。(今や孤独や孤立は社会問題化しています。)
なかにし礼氏は、言うまでもなく昭和歌謡を代表する著名な作詞家であり、小説家でもありますが、私が大学1年生だった1980(昭和55)年に大ヒットした寺尾聰氏の『出航 SASURAI』(注:この曲の作詞は、なかにし礼氏ではありません。)にも自由と孤独の関係が盛り込まれており、今この歌詞が頭の中をリフレインしています。
出航 SASURAI 寺尾聰(1980)
ひとつ また ひとつ 港を出て行く船
別れのしるしに 俺の影 置いてゆく
自由だけを 追いかける 孤独と引き替えにして
おまえの匂いは 記憶の彩りだけど
生きてゆく道連れは 夜明けの風さ
日本の昭和歌謡を旅する(その1)、これにて・・・・完。