せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


多 昭彦

③東京国立博物館のホームページに見る観光振興と新型コロナウィルス感染拡大

 先日、久しぶりに「東京国立博物館のホームページ」を訪問しました。私は2012年からそれまでの文化財行政を離れ、大学の運営に携わるようになりましたので、その後しばらく文化財から遠ざかっておりました。おおよそ10年ぶりくらいにアクセスしたのですが、その変容ぶりには大変驚き、時代は人や組織を変えるのだと感心しました。

 東京国立博物館は東京都台東区にあり、JR上野駅から徒歩10分くらいのところにあります。現在は、独立行政法人国立文化財機構が設置する博物館のひとつですが、我が国で最初にできた国立の博物館であり、収蔵品の数や展示の規模は我が国最大の文字通りナショナルミュージアムで、館内はとても広く、半日ですべてを見て回ることは難しいですし、歩く距離も相当なものになります。

 その歴史は、1872(明治5)年に湯島聖堂大成殿を会場として文部省博物局による最初の博覧会が開かれたことにさかのぼります。詳しい歴史については、ホームページに説明がありますので参考にしていただければ良いのですが、歴史上の人物も多数登場し、大河ドラマが制作できそうな内容です。

 この東京国立博物館は、フランスで言えばルーヴル美術館のような存在ですから、当然、国内外からの観光客が押し寄せます。コロナ禍以前の通常の状態であれば『特別展』が行われるたびに、大行列が出来ていました。私はさらにさかのぼる約20年前ほどに、ちょっとした間違いで1年だけお世話(勤務した)になったことがありますが、当時の専門家の皆さんは、東京国立博物館は観光施設ではないと仰っていたと明確に記憶しています。

 2001(平成13)年に東京国立博物館は、独立行政法人国立博物館が設置する博物館となりました。その後の組織の変遷を経て現在に至っていますが、独立行政法人化による変化はさほど大きくはなかったと記憶しています。例えば変わったことと言えば、東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、九州国立博物館はそれぞれの特色と研究分野に応じて展覧会を開催するため、それまでは同じ展覧会はめったに開催されていませんでしたが、独立行政法人化をきっかけに、同じ内容の展覧会が東京と九州、あるいは東京と京都などのように巡回展として開催されるようになったことや、奈良の仏教美術は本来、奈良国立博物館の専売特許でしたが、東京でも頻繁に行われるようになったことなどです。

 私が遠ざかっていた10年間の変化は、多分に「グローバル化の進行」と「政府の観光振興施策の推進」、そして「デジタル化の進展」が影響しているものと考えます。以下に、今回驚いたことを箇条書きにしてみます。

① 特別展「国宝 聖林寺十一面観音 - 三輪山信仰のみほとけ」

② 聖徳太子1400年遠忌特別展「聖徳太子と法隆寺」

③ VR作品『法隆寺 国宝 金堂-聖徳太子のこころ』

④ まるごと体験!日本の文化リターンズ

⑤ 本館特別3室に体験型展示スペース「日本美術のとびら」がオープンしました。

⑤ 公式キャラクター トーハクくん、ユリノキちゃん

⑥ 春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46

⑦ Best Museums in Japan 2020(Chosen by Travelers Reviews)のロゴマーク

 ①と②はすでに述べたとおり、独立行政法人化をきっかけに起きていた変化の流れですが、最初は間違って奈良国立博物館のホームページにアクセスしたのかと驚きました。③についても同様ですが、これはデジタル化の進展により可能となったもので、入ることのできない金堂内のすべてをVRにより再現し、本尊の仏像や壁画を近くで見ることができるシステムです。④と⑤についても、デジタルコンテンツや複製品を用いた体験型展示だそうですが、特に⑤では重要文化財 風神雷神図屛風・夏秋草図屛風の高精細複製品をガラスケースなしで見ることができたり、数々の名品を映像で楽しめる空間となっているようです。⑥では、キャラクターを作ったことは時代の流れかもしれませんが、自らを「トーハク」とカタカナで表現するようになったことには驚きました。⑥はアイドルグループとのコラボです。⑦のロゴマークは何だろうと調べたところ、Tripadvisorというアメリカの旅行会社を利用した旅行者によって、観光スポットとして人気の博物館に選ばれたというマークのようです。

 私は普段、必要な情報を迅速に得るため、まったく知らないことを知るきっかけとしてネットを検索していますが、今回のように、ホームページから様々な変化を読み取ることができるということは非常に興味深いと感じました。以前の状況と現状を比較して、そこにどのような事情があったのか、何が起こったのかを考察することにより、新たなヒントを得ることができるのではないでしょうか。

 ただ、2020年度は新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、博物館等の運営も大変なご苦労があったことと推察します。東京は、現在また緊急事態宣言が発令されており、東京国立博物館への入場も事前予約制で、人数を制限し、検温やソーシャルディスタンスの確保等の安全対策が取られています。ホームページのトップに、そのお知らせを掲載しなければならない現在の状況は非常に残念でなりません。

 また、この原稿を書いている最中に、次のようなニュースが飛び込んできました。

「新型コロナウィルスの影響で宿泊業と飲食業の人が、おととしから去年にかけて25万人減ったことが厚生労働省の分析で分かりました。 厚労省は、新型コロナが雇用などに与えた影響を調べ、労働経済白書としてまとめました。 それによりますと、宿泊業や飲食業の人は去年339万人で、前の年から25万人減りました。 外出の自粛や休業要請の影響が大きく、特に女性の非正規労働者が減りました。」

 1日も早く、自由な観光を通じて、文化財や美術作品について、観る、歩く、学ぶ機会が我々に戻ってくることを祈るばかりです。

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