「接遇」をひもとく-継承過程②
前回までは、歴史的な視点で「接遇」の実践を典拠からひもときました。「接遇の心得」16項目(第1回資料)より、「接遇」の実践そのものが、人との出会いや関係性維持のため、相手を慮るという道徳観・倫理観・教育観等に裏打ちされた一面であることもわかりました。今回からは、実務としてのより身近な「接遇」を考察します。
近年ファッション業界においても、「サステナブル」や「エシカル」という言葉が使われます。中野香織監修『英和ファッション用語辞典』(研究社)に、「ethical」は「『道徳上の、倫理的な』の意」とあります。つまり、人と地球にやさしい「エシカルファッション」を、自他共に心身への心地よさの「着用」と捉え発信することは、世界のセレブリティをはじめ、多くの人々の共通認識となってきました。またビジネス対応であるなら、そうした選択をする人と同様の価値観や知識、接遇能力の柔軟さ、感性等を身に付ける必要もあります。今後の観光とその周辺、「接遇」を考える上で大切な視点だといえます。
もともと自国にある概念は、日常の当たり前だからこそ、その価値に気づかないことも多くあります。例えば、私たちが普段食している和食が、平成25(2013)年、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。観光庁発表「訪日外国人消費動向調査及び分析」での「訪日前に期待していたこと・最も期待していたこと」共に第1位は、「日本食を食べること」です。外国人の方々には、当然「日常ではない食事経験」となりますが、日本人にすれば「日々の和食」という日常です。また、サービスに伴う案内や接客は、相手への恭敬と親和という心を「接遇」という形で親切に表すことであり、心と体に溶け込んだ日本人の日常の文化ともいえます。当たり前だからこそ体系化し発信する難しさがあります。
日本では、お辞儀にも座礼と立礼の二つの様式があります。日本人ならではの挨拶作法です。座礼では「九品礼」といい、9つの角度を使い分ける礼法がありますが、そうした振舞いの奥深さは、反応的ではない態度であり、美しい挨拶につながります。日常の立礼では、数種類のお辞儀や角度の違いは、誰もが実践しています。家庭・学校・地域・職場・習い事等で普段からの態度形成として培われ、定着し、自らの嗜みとなっているものです。 多様性のためには、一気に変化した世界共通の横軸である「新しい日常」のマナー、また縦軸である自国の様式や作法の基本を丁寧に振り返り踏襲する、そうした多元的な視点での「接遇」の再構築も期待されます。
さて、日本における接遇サービスを世界に発信し、定着させたのは、昭和・平成時代のエアラインビジネス関係者に依るところも大きいと考えられます。特にこの数年、それらに関する学際的な研究が多く見られます。「接遇」に限らず、多様な専門を有する実務家たちは、教育の場における知見として、社会情報大学院大学出版部『実務家教員への招待』にもあるように、各々が持つ実践知や経験から得た暗黙知を、まず形式知に変換します。更にわかりやすく普遍的に使え、伝えるために体系化しようとしています。次世代、またCOVID-19後の観光の行方としても、接客サービスを基本とする産業界との分野横断的な知見共有のため、筆者も日本の醇風美俗、礼儀作法・マナー、接遇・もてなし、プロトコール・エチケット等の関連性を含め研究を続けています。
図1は、主に1970年代~2010年代の昭和・平成時代にかけて出版が相次いだ、各社客室乗務員による著作の一部です。客室乗務員また女性としての生き様や働き方、人と接する際の感性の大切さ等を、当時の社会背景の中で示唆し、発信できるという追い風もあった頃の出版物です。
図2、中丸美繪『日本航空一期生』は、戦後日本の空を取り戻すため奮闘した、創草期日本航空社員たちの姿を描いたノンフィクションです。社長からエアガールまでの全職種が、日本の民間航空の未来のため、熱い想いで手を携え、飛行機を飛ばし続けていた時代でした。文献資料分析と徹底した取材、中丸美繪氏の志高い著書です。