せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


堀田 明美

「接遇」をひもとく-継承過程①

 第1回では、「接遇」の出典変遷の確認として2冊の文献を紹介します。 まず、「接遇」の意味と語誌を『日本国語大辞典』(第2版)で確認しておきます。意味は「もてなすこと・接待・応対」です。日本での出典経緯は、「律」(718)六議・義故、『慶応再版英和対訳辞書』(1867)Welcome、『泰西勧善訓蒙』(1873)箕作麟祥訳、小川為治『開花問答』(1874‐75)、歌舞伎「箱根山曾我初夢」(1892)とあります。

 上記内の1冊、『泰西勧善訓蒙』明治4(1871)年初版の「緒言」には、原本はフランス人ボンヌによる小学校児童用の「勧善説ノ書」(倫理・道徳等の教科書)と記されています。「族人ニ對スル務」の項(明治8(1875)年「第5編」)、つまり家族等に対する心得の項目内「汝ノ姉妹ヲ丁寧ニ接遇シ」(図2)に、「接遇」の文字が確認できます。翻訳者の箕作麟祥(1846‐1897)は、洋学、法学を修め、和仏法律学校(のちの法政大学)初代学長も務めました。慶應3(1867)年のパリ万国博覧会に伴う留学経験が生涯活かされ、多くの法律制定に寄与します。

図1  表紙  箕作麟祥
『西泰勧善訓蒙前編下』
明治8 (1875)年  中外堂 (筆者所蔵)
図2  「兄弟ト姉妹トノ務 第百七十四章」  傍線は筆者加筆
箕作麟祥  『西泰勧善訓蒙前編下』  明治8(1875)年
中外堂  巻下十三丁表 (筆者所蔵)

 次に、明治期から昭和期までの礼法書内「接遇」内容の記載例として、『文部省調査中等學校作法要項解説』昭和8(1933)年より、「接遇の心得」16項目を全て列挙します。

一 客室・應接室等は、常に其の清潔・整頓に注意し、且つ相應の装飾を爲し置くを宜しとす。

二 客ありたるときは、取次の者は直ちに出でて敬禮し、先方の名刺を受け、若しくは氏名を聞き誤なきやう之を取次ぐべし。

三 取次の者、客を客室・應接室等に案内するときは、先に立ちて其の室の入口まで到り、客をして先づ入らしめ、椅子又は座布團を進めて、其の著席するを俟ち、一禮して退くべし。   

四 酋長の客ありたるときは、主人自ら迎へて之を案内し、室に入りて上座を進め、己は下座に著きて挨拶を爲すべし。

五 椅子に凭(よ)れる場合に於て、客の入來りたるときは、起立して迎へ、客を著椅せしめたる後、己も着椅すべし。

六 客には速に面接すべし、故障の爲め面會し得ざる場合、直ちに面接し難き場合、及び長時の談話を爲し得ざる場合等には、取次の者をして其の旨を鄭重に告げしむべし。

七 平素客の取次を爲さしむる者には、豫て接遇(せつぐう)上の心得を知らしめ置き、客に對して不作法に渉るが如きことなからしむべし。

八 客を客室に案内せば、冬季には火鉢、夏季には扇子を進むる等、相當の注意を爲すべし。

九 来客中、新客ありたるときは、主人は之に挨拶を爲し、且つ便宜相互の引合を爲すべし。

十 客を接遇するには、先方に窮屈の感なからしむるやうに注意すべし。

十一 客を接遇する際は、家人等に對して怒氣を發せざるやうに愼むべし。

十二 客あるときは、家人は漫に其の室に入り、若しくは高聲に談笑・叱咤(しった)等を爲すべからず。

十三 客の辭し去るときは、主人は自ら玄關まで送り出るを禮とす。但し座に酋長ある場合は、適宜家人をして代り送らしむるも差支なし。

十四 服喪引籠(ひきこもり)中は、遠慮して自ら送らざるを例とす。

十五 客を送りて玄關に到りたるときは、客の支度整ふを待ちて挨拶し、少時見送りたる後、静に戸・障子を閉づべし。

十六 客の外套等を纏はんとするときは、之を手傳ひ、夜分には提燈、雨天には雨具等を貸與し、又老幼、婦女には人を附添へ見送らしむる等、相當に配慮すべきものとす。

                               (『文部省調査中等學校作法要項解説』「第八章」 昭和(1933)年  帝國教育學會  pp.64-70  原則原文のまま引用)

図3  表紙
『文部省調査中等學校作法要項解説』昭和8(1933)年
(筆者所蔵)
図4  「第八章 接遇の心得」(図内項目は一と二のみ)
傍線は筆者加筆 『文部省調査中等學校作法要項解説』 
昭和8(1933)年  帝国教育學會  pp.64-65 (筆者所蔵)

 ここでは、「迎接(迎え)・案内・取次・挨拶・接待・送客(見送り)」とした一連動作の基本が挙げられています。これらは、今なお接客・接遇の実践として踏襲されています。かつて機内サービス(接客)の心得の一つとして、「お客様を自宅でお迎えするように」と教えられました。「そこが機上であれ無作法に渉らぬよう」という接遇作法の継承であったことがわかります。

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