友田二郎の『エチケットとプロトコール』②
今回は、友田二郎1964『エチケットとプロトコールー個人礼儀と公式儀礼―』が著された意義や目的(好感を与える方法)に関して綴ります。前回示した項目からの詳しい内容は、ここでは置くこととします。
「まえがき」では、読者へのアドバイスとして、欧米の「エチケットの基本観念」を3点を挙げています。その3点とは「人に好感を与えること」・「人に迷惑をかけないこと」・「人を尊敬するすること」です。1点めの「人に好感を与えること」に関して、欧米では人に好感を与えるためには、「チャーミング」「チャームフル」でいることがその基本だとあり、「人に迷惑をかけないこと」や「人を尊敬すること」よりも先に示されています。
外国の方々と対応するにあたり、友田が60年前に指摘した、人に好感を与えるための「チャーミングというあり方」とはどのようなことでしょうか。友田は、まずエチケット以前である日本人独特のしぐさに関して述べています。例えばページをめくるときに唾をつけたり、スリッパのままで歩き回るなどはひんしゅくを買う動作だとし、charmの作法に留意が必要としています。
チャーミングとは、すぐにわかるような性格や表面的・外面的な魅力というよりは、各国のマナー・習慣、ひいては文化や宗教を理解した上でこそという「チャームフル」を考えているようです。知らなかったら失礼にあたると知っていること、またそれを事前に学ぶことは謙虚さの一つです。日本人はこうした控えめであることをよく把握しているように思えます。友田は、プラスその先にあるチャームフルの発揮、つまり上質なマナーを伴ったさりげない行動・機知・機転に富んだ振舞いを、チャームとしたのではないでしょうか。戦前戦中の期間、専門性を伴う外交最前線の実践で会得した友田ならではの信条だったと言えましょう。そうした実践とは比べようもありませんが、筆者が当時の先輩方から何度も教えられてきた、海外への仕事でも滞在中でも常に「民間外交官のつもりで」という言葉に、少なからずも通じるところがあるように思われます。現在では、日本での日常を過ごしながら、海外の方々の振舞い方、気を付けるべき英語の表現方法など、多くのユーチューバーからの発信を視聴することができます。それらの1つ、元同大学の同窓生3人が発信するユーチューブのシリーズ:Kevin’s English Room(KER)なども興味深い発信です。SNSとつながることで、日本や日本人をメタ認知できる身近な選択肢があります。しかし、それだけでなく、筆者は丁寧に作られた海外のラブコメディの映画を観ることもお薦めします。ラブコメティの帝王ともいわれているイギリス人の男優と共演したアメリカ人女優は、DVDのメイキングでその主演男優へのコメントを次のように語っています。「誰もが彼に魅了される」そして彼は「Adorable and Charming」。こうした場面でも「チャーミング」という言葉が出てきます。また、言葉はわからなくても自ら発信する笑顔と上機嫌は世界共通で、そうした日常はチャーミングというあり方や生き方にもつながります。チャーミングというあり方は、この講義を通して連載を続けている接遇やもてなしの要素でもあります。その場を安心・安全だと感じ、双方が心地よいと魅了される幸せ感という、もう一つラグジュアリーな何かをも味わうことができそうです。(友田の「チャーミング」について、『分かりやすいキャリア学』(共著)第4章pp.116 -117(筆者担当部分)でも具体例を挙げ綴っていますのでご参照下さい。)
友田は、次の「人に迷惑をかけない」ことも,裏を返せば「人に思いやりのある行為」として表裏一体だと捉えています。最後に「人を尊敬すること」という部分では、主に婦人を対象とした尊敬をとり挙げ、このことは欧米エチケットの一大特色だとしています。女性への尊敬に関し、欧米の人々と日本人が大きく異なった習慣で育ってきたことを強調し、エチケットの上では,日本人男女とも最大の注意が必要だとしています。
尊敬の作法として「上位の席 Place of honour」の項目では、「婦人や長上の人々を右側におく」こと、つまり上位席に関して説明されます。さらに,国旗の掲揚位置や儀礼用自動車の座席,飛行機やボートなどの上位席の説明が続き、国家間の儀礼に関する右上位の席次事例も取り上げられています。
次に、社交エチケットについて、「社交は自宅中心」、「相互主義」、「順応性の必要」の3項目が示されます。外国人との社交において、これらはエチケットの観点からもっとも心にとめておくべき基本的観念だとしています。社交は自宅中心ということを基本に考えた場合、招かれたらお招き返しをすることが、パーティ―や社交での基本でもあるということです。それに続く品位ある日本家庭の生活様式として、「エチケットと日本人夫婦のあり方」「外国での私生活」の2項目を挙げ,外国生活における夫婦一体の行動の重要性を説いています。私生活での極端なお国ぶりを戒め、夫婦の形も郷に入れば郷に従えということなのでしょう。
このようにさまざまな欧米エチケットが示された上で、国旗の国際的な儀礼など「国家間の儀礼作法」といえる「プロトコールについて」の項目が挿入されます。友田によるエチケットとプロトコールの定義は、「エチケットは個人間の社交儀礼であり,プロトコールは国家間の公式儀礼である」と明確です。それでは、海外とはあまり縁がなく、また外交官でもない一般人にもなぜプロトコールの知識が必要になるのでしょう。友田の言葉を続けてみます。
プロトコールの事柄は,「単に儀典当局の担当事項として,一般人は無関心でよいかといえば、決してそうではない」とし、「外国の国旗1つをとってみても、一般国民であっても、その取り扱い方いかんによっては重大な国際問題を引き起こすことになる」と警鐘を鳴らしています。また「国や官庁の官吏や、大会社の社員が、外国高官に対する公式のアドレス1つすら満足に書けないというようなことは、プロトコールの知識の欠けている証拠」だとしています。
友田の書籍は、こうした観点に立ち、最小限度のプロトコールを説明したものであったとしても、国家意識の強い国々との国際関係が密接になるにつれ、「わが国一般の人においても、官民公私を問わず、少なくとも、この程度のプロトコールについての知識は,国民常識として必要であることに思いをいたされんことを切望する」とその知識の修得と心構えが記されています。
国際儀礼であるプトロコールと個人の礼儀であるエチケットが混在する昭和中期に出版された友田の書籍には、そのどちらの要素も多くの事例と共に示されています。そうした意味や知見として、この分野の「バイブル」と称するに値するものでしょう。プロトコールの本質と基本を自らの実践体験から綴り、3回の改訂を経ている友田の言葉やその信条もまた、その基本は決して古くはならないという価値ある再発見だと思われます。