せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


堀田 明美

「もてなし」と「ホスピタリティ(hospitality)」

 この回では、「もてなし」と「ホスピタリティ」について考えてみます。

 日本語(和語)の「もてなし」という名詞の英語は、一般的に「歓待」の意味で使われる「hospitality」と訳とされます。用途により「歓迎」の意味では「welcome」・「reception」、動詞「もてなす」として「接待する・供応(饗応)する」の意味では「entertain」、「待遇する」では「treatment」などです。

 海外の書籍での使用例も見てみましょう。デザイナーであるケイト・スペード(1962‐2018)が著した3冊のマナー本(平成17(2005)年7月同時発刊)の英語・日本語タイトルは、それぞれ『MANNERS・マナー』・『STYLE・スタイル』・『OCCASIONS・おもてなし』です。「occasions」は、仕事の現場やプライベートでの様々な場面に、心からの歓迎と優雅で好感を持たれる立ち居振舞いのための指南やヒントとして、「おもてなし」と訳されたのでしょう。現在では、そうした英語を学ぶ語学の本にも「おもてなし英語」「おもてなし英会話」といったタイトルがよく見られます。おもてなし~・~でおもてなしというの言葉の枚挙にいとまがありません。

 この他、事業経営のビジネス上では、もてなしは、サービス(service)の言葉や内容と混同されたり含まれたりする場合があり、現場においてはその場を司る担当者による概念や言葉への解釈の違いもあり、対応に戸惑うケースもあります。これまで日本で使われていた「サービス」の言葉が、1990年代以降「ホスピタリティ」に変化したという時代背景もあります。以降、宿泊・飲食といった観光とも直結する業種や職業に関しては、アメリカを発祥とする「ホスピタリティ産業」として捉えられた経緯も影響しています。

 加藤鉱・山本哲士『ホスピタリティの正体』(平成21(2009年)によれば、「サービスは一般化できるが、ホスピタリティは一般化できない」、「サービスは自分の外にあるもの、ホスピタリティは自分自身の中にレギュレーションとしておくもの」、「サービスは1対多数であり平等な提供であるがホスピタリティはそうではない」といった考え方が示されています。場の捉え方のためには、ケーススタディとロールプレイ、つまり体験が有効だとありますが、ここではサービスとホスピタリティに関する言説は、これ以上掘り下げないこととします。

 このように、もてなしやホスピタリティ、サービスといった日本語と英語で対比表現される言葉に関して、双方の概念の違いや成り立ちの背景を想像し、丁寧に言葉を選ぶことも必要です。

 今ではカタカナ用語としてすっかり定着したホスピタリティ(hospitality)も、語義に何を取るかで数系列の伝わり方があります。ラテン語の語源に1つには、客をもてなす主人ホストと、もてなされる側であるゲストの2つの意味があるとされています。これは、日本における「もてなし」の主客双方の関係性とも同じであることがわかります。もてなしが、「お」もてなしになることもあれば、さらに生産性を上げるものと捉え活用するために、ホスピタリティマネジメントの言葉も生まれています。そうした言葉の学術的定義に後押しされつつ、今ではホスピタリティを取り巻く新たな概念が次々発信されています。

 日本においては、来客前に部屋をしつらえ、花を飾り、玄関周りなどを掃き、水を打ち清めるという清潔や清浄を重んじる独自の準備や観念があります。まず相手を(おもんぱか)ること、一歩先の気働きの習慣なども数多く、ホスピタリティ産業やホスピタリティマネジメントという言葉に置き換えようとするなら、何をどのようにマネジメントするのかを説明することも必要です。そこには、伝統的な独自の生活文化としての要素が含まれており、継承され、実践されてきた暗黙知の詳細を考える必要があります。日本の古い歴史や伝統のある仕事の現場においては、外来語一言で定義していくことは難しいとも言えましょう。

 最後に、日本で観光の歴史を培ってきた2つの老舗旅行会社について言及します。(以下「日本旅行の歴史」https://www.nta.co.jp/recruit/company/history.html・「JTBヒストリー110年の歩み」https://www.jtbcorp.jp/jp/ourstory/110th/を参考にしています。)

 日本旅行は、創業者、南新助が明治38(1905)年に設立し、鉄道による高野山並びに伊勢への集団参詣の実施を先駆けたことで、日本の旅行斡旋業の始まりとされます。参拝を通じた対面でのもてなしを重んじる旅行形式は、日本的な温かい旅を演出したと言えます。日本旅行の社員で現在も活躍する平田進也氏は、長年国内外の数多くのツアーを企画し、その斬新なアイデアと共に、人情とユーモアとウイットあふれるカリスマツアーコンダクターとして、人気が衰えません。現在、四国のさぬき市・東かがわ市・三木町の東讃エリア観光アドバイザーでもあり、更なる地方創生に日本旅行社の伝統ならではの対面の大切さを重んじられているように思われます。

 また日本トラベルビューロー(JTB)は、明治45(1912)年に、外客誘致の目的で設立され、本年度で111年の歴史を持つ旅行会社です。外客対応先駆けの歴史を持ち、設立翌年から表紙デザインも斬新な冊子『ツーリスト』を隔月出版、その後も多くの旅行冊子を発行するなど、持続的な日本の観光を見据えた学術分野の研究もおこなわれています。その中には、関連会社の編集による「日本の宿おもてなし検定」公式テキストも発刊されています。

 これら歴史ある旅行会社には、経験値としての豊富なノウハウや事例の蓄積があります。そうした伝統は、誇りある企業文化として、目の前の一人一人への状況に応じた対応に表れます。もてなし、おもてなし、サービス、ホスピタリティという多様な概念で、できることをバランスよく発揮できる技は、会社の歴史という高度な文化資源の証であると言えるでしょう。

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