せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


堀田 明美

「もてなし」と「『お』もてなし」

 この回では、「もてなし」と「『お』もてなし」(o-mo-te-na-shi お・も・て・な・し)について考えてみます。

 「『お』もてなし」は、「もてなし」に接頭語の「お」がついた名詞形の使い方です。敬語を作るときの接頭語として「お」は原則として和語(大和言葉)に、「ご」は漢語につくとされます。和語・漢語だけでなく、日本語には尊敬語・謙譲語・丁寧語などの敬語表現があり、古閑博美は『魅力行動学ビジネス講座Ⅱ』(平成24(2012)年)で、「敬語は、言葉によるもてなしである」と表現しています。つまり敬語という繊細な表現方法がある日本語を、相手がある状況で様々に駆使できること自体がもてなしであり、「もてなし」に「お」をつけて「『お』もてなし」とすることや、そこから名付けた行為に限定する必要はないということでしょう。

 本来相手のある「もてなし」は、双方向のものとされています。例えば茶事は、亭主・正客・連客による一期一会、一座建立のためのものであり、楽しむためにはそれぞれの心得として、もてなす側からだけでなく、もてなされる側も前提としての知識や席への理解が必要です。茶室では、双方向で心を通わすことで茶の湯が成立しますが、その先には作法だけでなく、茶の哲学をわかろうとし、その極みとして禅を背景とした茶道へとさらにつながろうとする精神性が、一服の茶に込められます。

 一方、日常的にメディア(新聞・雑誌・出版物・テレビ・SNSなど)で使われる「『お』もてなし」は、「お」を冠した丁寧語として、相手に向かうベクトル上の状況を強調する言葉になる傾向があり、双方同様に丁寧に扱う場であっても、結果として相手に多くの意識が流れることになります。前回見た「もてなし」の出典からの「身のこなし」「嗜み」などの使用例や、名詞形の「かもし出される態度」という辞書での意味からは少し離れています。

 オリンピックやサミットなど、海外からの客人を意識した「おもてなし」の例と具体的な準備、及び対応が分かりやすくまとめられている記録誌として『伊勢志摩サミット 記録誌・写真集』(平成28(2016)年)を取り挙げ、詳細を見ていきます。この記録誌は全4編で構成され、「おもてなし」に関しては第3編「県民会議等の取組」内、第3章のタイトルに用いられています。

             図1 伊勢志摩サミット三重県民会議 2016『伊勢志摩サミット記録誌』

平成28(2016)年11月発行(記録誌表紙掲載の許可を得ています) 撮影:「志摩の鳥人」松本高正氏(モーターパラグライダーから撮影)

 記録誌には、次に挙げる4項目が10ページにわたり記載されています。(各項目は記録誌より、説明は筆者が内容をまとめたもの)

1.伊勢志摩サミットフォーラム

 サミットまでの事前準備として開催され、県民総参加の意識と取組を考え、美しい自然と文化に恵まれた伊勢志摩の魅力の理解を深めるため、各回ゲストを交えた3回のフォーラムが開催された。

2.おもてなし大作戦

 「クリーンアップ作戦」と名づけた道路や駅前広場などの清掃活動と、「花いっぱい作戦」と名づけ、花で道路や駅前広場などを飾るという2つの取組により、おもてなしに向けた一体感が醸成された。

3.カウントダウンボード・ノベルティを活用したPR

 三重県内主要駅のみならず、近鉄名古屋駅・近鉄京都駅・近鉄大阪難波駅・JR東京駅など県外への設置も含むサミット開催までの残日数を示すカウントダウンボードが設置された。またサミット開催地三重県の幅広い周知のため、ポストカードをはじめ、様々なノベルティによるPRツールが配布された。

4.おもてなし向上研修

 外国人に対する接遇の方法を学ぶための研修が5回実施された。内容は、飲食店や旅館業などを対象とした「訪日外国人おもてなし研修」、観光関連部署職員や外国語案内ボランティアを対象とした「心でつながるインバウンド対応接遇研修」を実施した。接遇研修は、航空会社系講師によるもので、基本的なマナーや異文化理解によるおもてなし向上のための研修会と位置付けられた。

 以上、サミットのようなプロトコール(国際儀礼)を伴う海外からの要人・客人への対応を重視する場面では、参加と共感への事前共通認識の確認が必要です。掃除をして花を飾るという自宅での客人接遇の基本からの応用、ウェルカムのための工夫や接遇研修など、相手を(おもんぱか)り「もてなす」のために、段階を踏み、入念な準備を重ね、大切な客人のための「『お』もてなし」へと徐々に導いていったことがわかります。特にプロトコール(国際儀礼)では、互いに多様性を持つ「もてなし」を理解した上で、客人によかれという「お・も・て・な・し」が発動され、成就し、尊敬とお互いに心地よさを共有できる、という尊厳のある結果となることが理想だといえるでしょう。

  令和5(2023)年5月19日~21日、広島でG7サミットが開催されました。瀬戸内海を臨む高松では、7月に都市大臣会合が開かれました。その50日前のサミット前日から、高松シンボルタワーのG7ライトアップが始まりました。

図2 広島G7及び高松での都市大臣介会合の期間、高松シンボルタワーでは、各国国旗色等をイメージしたライトアップが行われた。(期間:5月18日~7月9日)https://www.symboltower.com/news/general/entry-1671.html 2023年8月21日取得(写真掲載許可いただきました。)

 参加7か国の国旗とEU旗の色をイメージしたイルミネーションは、国旗という最も敬意を込めるべき存在を対象としたもてなしであり、もてなす側の市民も、幻想的に変化する国旗を仰ぎながら、同様に各国からの光のもてなしに包まれた日々でもありました。

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