京都花街と日本旅館の「もてなし」 | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

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観光Web講義


堀田 明美

京都花街と日本旅館の「もてなし」

 今回は、日本ならではのもてなし文化を紡ぎ続ける京都花街と、日本旅館のもてなしについて考えてみます。

 京都花街については、経営学観点からの「なぜ」を西尾久美子の2冊の論考と、岩崎峰子の4冊の自伝的書籍による15歳から29歳までの京都祇園甲部での舞妓・芸妓の経験から、また日本旅館については、細井勝による「加賀谷」に関する書籍2冊をそれぞれ文献として考察します。

 京都生まれ京都育ちの西尾久美子は、『京都花街の経営学』(平成19(2007)年)を著し、日本らしさ・ならではにつながる京都花街に関して、「らしさ」維持のための「もてなしの受容と供給」を分析しています。西尾による京都らしさの維持とは、「舞妓さんが舞妓さんらしくあること、芸妓さんが芸妓さんらしくあること」であり、「何があっても維持されるべきもの」とされます。お座敷での立ち居振舞いに関して、「お行儀がしつけられられていること」も「らしさ」につながります。具体的には、経験年数にあった衿のあわせかた、着物の着方、帯の結び方などを逸脱しないこと、それに加えてかんざしの挿し方、座った時のすその柄の見え方などを、「らしさにもとづく美意識への共有」という言葉で説明しています。「美意識」による「見せ方」が完成するまでには、舞やお茶などの稽古をはじめ、長年の様々な準備過程があります。その継続が自負を伴ったキャリアとなり、日本ならでは、京都ならではの華麗な存在となっていくのです。

 こうした五感すべてに訴え、心を満たす「もてなしの質」を保つことこそ、京都花街が競争力を保つことであり、そのためには「らしさ」という高い美意識と上質を常に保つことが必要であり、京都ではそうしたシステムが400年近くも続いているのです。「上質なもてなし」のサービスが提供されるという情報は、長く継続的に発信され、日本全国のみならず、海外にも流布しています。アフターコロナとなった現在、入洛する内外の観光客は再び急増の一途をたどっています。

 一方、西尾の『おもてなしの仕組み―京都花街に学ぶマネジメント―』(平成26(2014)年)では、顧客の側が一人前の大人であるという証明と信用の機能に関しても述べられます。「一見さんお断り」のしきたりのなかで、顧客側の信用が機能するということは、取引関係における安全性、氏素性、マナーがきちんとしていることが認められることだとしています。

 つまり、「供給されるサービスの質を理解し、評価できる人のみが継続的に適正価格でそれを購入しているという図式」が続くことで価格競争がなく、需要と供給のバランスが常に保たれているとあります。そうした関係性を基に、上質なもてなしを供給する側は、顧客がもてなしに対して持つ期待を把握してのサービスであること、また受け取る側の顧客は、それを「座持ち」という言葉で評価することで場の取引が成立しています。こうした関係性は、日本・関西・京都という伝統・文化の延長線上にあります。置物や造り物ではなく、これ以上ないと言える雅な空間を現実として体感でき、その場が存在するということです。

 西尾は、京都花街でよく聞く2つの京言葉「おきばりやす」と「おおきに」を取りあげています。「おきばりやす」(みんないつもあんたの様子は見てはるさかいに、気張りや。手を抜かんと、いつも気張らんとあかんのえ。うちもようみてるさかいに。それに、うちも気張ってきたし、これからもきばらしてもらうさかいになぁ)、に答える「おおきに」(いつも気にしてもろうてほんまにありがたいことどす。気晴らしてもらうさかに、どうぞ、これからも見てておくりゃす。どうぞ、これからも、よろしうおたのもうします)です。西尾は、そこに京都花街の360度評価と厳しい成果主義の中での、育成する側とされる側双方の「情」と「気配り」という深い意味を見いだしています。

 次に岩崎峰子の舞妓・芸妓の経験に関し、『芸妓峰子の花いくさ』(平成13(2001)年)、『GEISHA A LIFE』(平成14(2002)年)、『祇園の教訓』(平成15(2003)年)、『祇園の課外授業』(平成16(2004)年)、『祇園の裏道、おもて道』(平成17(2005)年)をみていきます。岩崎の著作では、舞妓から襟替えをして芸妓として活躍した祇園での日々が綴られます。『芸子峰子の花いくさ』では、外国の要人対応を含めたお座敷の様子やエピソードが、『祇園の教訓』では、お座敷での客の振る舞いから、一流とされる生き方や考え方が、『祇園の課外授業』では、置屋での幼少期からの教えとして、食べ物やものを大切に扱うこと、床飾りの掛け軸や花の扱い方から美しいものに対する造詣を深めること、立ち居振舞委の美しい人を見てきたこと、反対に「人(にん)に無い」と使われる分相応なことへの反省、日本の伝統文化に基づく井上流の舞や、裏千家の茶道での稽古を通し、「稽古場は見栄をはるところでなく恥をかくところ」という人生訓、そして『祇園の裏道、おもて道』では、舞妓芸妓の25年の経験とその伝統に根差した仕事を振り返り、祇園ならではのしきたりや考え方を伝えています。千点にものぼる着物という伝統文化の粋を身に纏い、井上流名取りとして伝統芸能を舞い、帯留めや髪飾りなどの伝統工芸を身に付けてお座敷に上がること、そうした日本の伝統文化の粋が集められたとも言える京都の花街の文化価値とその深さを理解することができます。京都花街での日々の教育と経験が一人称で綴られることも、英訳出版に至った理由と言えるでしょう。

 次に旅館での「もてなし」に関して、学際的な分野からも研究されている北陸の「加賀屋」に関して見ていきます。「加賀谷」は、40年以上もの間「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」1位、もしくは上位を保ち続けている「日本一」を誇る旅館であり、皇室ゆかりの宿にもなっています。

 細井勝『加賀谷の流儀』(平成18(2006)年)では、40年以上のベテラン客室係木戸口勝美さんのエピソードが語られます。そこでは「もてなし人生」とい彼女自身の言葉が使われ、「お客様が加賀谷の玄関に入られた瞬間から、私は悲しいことも、嬉しいことも忘れ『すべてはお客様のために』という言葉を胸に仕事に打ち込んできた」人生が語られます。この書籍の「はじめに」に、観光の“三物”、それは「風物・産物・人物」だとあります。加賀谷は「人の加賀谷」を標榜し、社員の暮らしを守ることに経営の基軸をおく気骨ある旅館であり、そこで働く客室係の勝美さんの人生も、だからこそ、人をもてなす人生となったことがわかります。女将さんに助けられたファミリーとしての結束や、その恩を返すことが働く糧となっているエピソードが語られる中、生きる上で大切なことは何かをそのもてなし人生から学ぶことができます。

 さて、ホテルと旅館の違いは、ホテルは空間を売り、旅館は時間を売る。またホテルは足し算、旅館は引き算とも言われます。足し算、引き算というのは、ホテルルームという空間内で使ったものを足していくホテルの仕組みと、全て組み込まれた旅館の料金から時間を過ごすという発想の違いです。細井勝は、「ドライなホテルとウェットな旅館」という言葉も使っています。

 引くという発想は、旅館が提供している和食からもわかります。和食は引き算の料理と言われますが、例えば「出汁を引く」という言葉も、素材から出汁を作る意味で、阿部孤柳『日本料理 こころの化粧匣』(平成14(2002)年)には、出汁を引くとは「最小限の削り節を使って最大限の旨い出汁を抽出すること」とあり、同じ出汁を正確に引くには15年くらいかかるとあります。また刺身は、生魚をシンプルに切り身にしたものですが、その二つ、吸い物と刺身は「碗差」と言われ、会席料理の献立の華であり、どちらも酒を相手の肴でありメインディシュでもあります。一方、肉料理を主食とする海外の料理は、現在は健康を考えた様々な料理法や主義による食し方もありますが、もともとは主に肉の臭みを消すためにソースを加えるという足し算の料理法と言われています。

 細井勝は、もてなしにおいて、この引き算型の中での歩み寄りの難しさにより、「一つ間違えれば、機嫌を損ねてしまう結果」文字どおりの引き算となることもあると語っています。

 こうした常に答えのない新たな経験を一つ一つ重ねるという仕事の日常、ホテル・旅館・エアラインなど、サービス業に携わった人なら、「もてなし人生」と自身の人生を語れる人を慮り、誇りに思えることでしょう。経験と背後の時代や時間を積み重ね、反省、失敗、感謝、ねぎらい、喜びなどを共有しながらの現場は、ホックシールドが定義した「感情労働」からは、違う次元にあるように思えます。

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