せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


堀田 明美

心に残る「もてなし」とは

 今回は、心に残るもてなしに関して考えてみます。

 「おもてなし講座」などでレクチャーされる内容は、概ね「おもてなしの実践」の効果や効用という「お」をつけた「おもてなし」に適用しており、ほとんどがもてなす方を対象としたものです。 

 しかし、もてなす方・もてなされる方、共になぜ本来双方向での「もてなし」なのかが腑に落ちるための基本の心得、心構えが大切です。「おもてなし」の言葉の独り歩きは、マニュアルにのみ則り理由も分らずただそうする、そうさせられているという日常の諦観、それを受け取る、受ける側としてそこにいるという単なる位置的な構造を示すだけのものとも写ります。

 「もてなし」が双方向のものとしてセットされれば、挨拶・笑顔・言葉遣い・態度・身だしなみという接遇の5原則は、お互いが気持ちよく接するために特に重要な基本要素であることがわかります。

 基本が大切なことは、日本文化としての芸事の稽古、またスポーツの練習でも同じです。京都花街の稽古事に関して前7回で綴りましたが、特に芸事の稽古を始める日は、6歳の6月6日とされます。和のスポーツ、剣道、薙刀、柔道、居合道などの武道や柔術にも多くの申し合わせがあります。洋のスポーツであるテニス、サッカー、野球などの球技でも、基本動作ができていると形も美しく、それが自然と結果にもつながります。和洋いずれにしても、基本的な稽古や練習に時間をかけ習得すること、基礎の形、その人ならではのルーティンワークの完成度は、その道のプロという証でもあります。基本ができるからこそ、咄嗟(とっさ)の時((そつ)())の対応も生まれます。稽古や接遇、スポーツに限らず、日常生活の立ち居振舞いにおいても、そうした基本があります。

 そのような基本は、もともとの辞書的意味として、日本では生活文化での暗黙知として「身だしなみ」の一言で表わされていました。広辞苑では ①身のまわりについての心がけ頭髪や衣服を整え、言葉や態度をきちんとすること。②教養として、武芸・芸能などを身につけること。また、それらの技芸。「茶道は女の―」とあるとおりです。

 『日常礼法の心得』(昭和14(1939)年)を著した徳川義親は、躾は幼年期に親や大人から受けるもの、嗜みは大人が自らの教養として身に付けるものと定義しています。嗜みとは、かねてから心がけるものであるのです。サービス業での対応に関しても、人や状況により本来の心や態度を変えることなく、基本を忠実にかねてから心がけることは、最も倫理的な対応と言えます。 

 飛行機の機内では、常にクラス別でサービスが行われ、各国からの客層、要望もそれぞれという現場でしたが、先輩方から何度も教えられたことは、クラス別でのサービス内容は違えど、クラスによりお客様への態度を変えてはいけないということでした。そもそも人への尊厳を忘れては、もてなしではなく、尊厳を保ちながら、多様性、異文化、ジェンダー、またそれぞれのリクエストに柔軟に対応してきた現場だったと言えます。。

 そうした経験の中から、心に残るもてなしとはを考えてみます。それは相手の状況やその人ならではに対応したジョーク、その時にぴったりの会話など、ルーティーンとしての計画や準備は当然の前提の上で、咄嗟に対応できる技とでも言うべき、チャーミングで気の利いた「さりげない対応や会話」ではないかと思います。そこに笑顔と上機嫌を添えれば、温かさや心地よさを双方で瞬時に共有できます。しかし、その場でのことは予定できず、事前に説明もできず、マニュアルに記すこともできません。あとでエピソードとして語り、記録することで、経験やその場の雰囲気を共有することはできます。

 次に「さりげない対応」に関して、筆者の経験の1つを記します。関西国際空港着のフライトを終え、かつて20年ほど住んでいた神戸須磨への帰路通勤には、よく空港リムジンバスを利用していました。三宮駅での電車乗り換えの都合もあり、寄り道のお茶は、決まって三宮地下にある神戸スイーツの老舗、モロゾフカフェでした。看板スイーツのプリンを注文し、ほっと一息の時間でした。当時のことですが、近くの空いた席に重い手荷物を置くと、サービス係の方がさりげなく荷物の上に大きめの布のナプキンをかけて下さっていました。どのお客様にもその都度声をかけることもなく、荷物の上にお互い何か粗相がないようにと、人の目と手による細やかな配慮だったのではと思います。お客様を大切にするだけでなく、お客様の荷物に何かこぼしたりしないよう大切に扱うさりげない心配りにもその店の品格が表れ、目礼を返しこちらの気持ちを表していました。時は過ぎ、現在多くの飲食店では、自らの荷物を置く場所は、床にすでに置かれた荷物籠を利用しているところが多いようです。人の手を煩わさずというお店の方への配慮でもあるとは思います。現在は全般的に、人をなるべく介さないという方向性もあるようです。

 その頃の私にとって、少しでも人を介した配慮があったモロゾフカフェは、疲れた仕事後に心安らぎ、さりげないもてなしのひと時を感じる特別の場所でした。また、旅の途中の安らぐ一言「Have a nice trip」「Bon voyage」「よい旅を」「よいフライトを」「素敵な思い出を作って下さいね」「楽しい時間をお過ごしください」「よい一日を」などの言葉も、機内アナウンスの中や、降機されるお客様には、もちろん挨拶としてお声掛けをしていました。そんな時、間髪を入れず笑顔でさりげなく「You too(あなたも)」、「良いフライトでした、ありがとう」と人の声を介し、見知らぬお客様から発せられる温かい言葉ほどありがたいものはありませんでした。

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