観光とまちづくりが実現する持続可能性
今回は、観光まちづくり(T-BCD: Tourism-Based Community Development)の実体を明らかにし、それに絡む持続可能な観光(ST)や持続可能性の意味も見定めます。
まず、T-BCDとSTの関係を振り返ります。STによって地域振興をはかるのがT-BCDです。T-BCDの取組みは、日本で1970年代後半から1980年代初めにかけて、日本各地で、相互に申し合わせるわけでもなく、ほぼ一斉に着手されました。この時期にT-BCDがスタートした後、10年ほどをへてT-BCDの成功事例として日本中に広く評判となったのが、図1にある地域です。それらの事例の多くは、地域というよりもコミュニティや近隣住区(ここでは、地域の小学校区にみられる一定域の住居集合地区)といった、狭く、ごく限られた範域で始まりました。
これらの成功事例を手本にして、2000年代以降になると、政府の地域振興行政の支援もあり、多くの地域がT-BCDに着手するようになりました。「観光まちづくり(T-BCD)」という名称は、2001年頃につけられています。命名者は、都市工学者の西村幸夫氏です。西村氏は、T-BCD研究と実践に取り組み、その普及にいまも尽力しています。
「観光まちづくり(T-BCD)」の名称は2001年につけられましたが、前述のようにその開始は1980年前後でした。つまり、T-BCDの現実が先行し、その特徴が総括され正体が明らかになった後に、「観光まちづくり(T-BCD)」と名づけられたわけです。実際、T-BCDとして評価された地域のなかには、「自分たちのまちづくりは観光まちづくり(T-BCD)ではない」という実践者たちも少なくありません。
しかし、観光まちづくりという言葉は、前回(第10回)で紹介したように、「観光によって地域振興を実践する」という意味を端的に表わしています。そして、T-BCDの観光は、STの本質を現実に仕立てあげています。
ST(持続可能な観光)の本質とは何か? それをもう一度ふり返ってみましょう。STの本質は――その現実を指示する言葉の変化はありましたが(第6回)――、大衆観光の弊害を克服して形成されました。大衆観光による弊害とは、主に観光地の自然・生態系と文化の破壊でした(第3回・第4回)。STは、大衆観光によって破壊された観光地の自然・生態系や文化を持続可能にする、新たな観光形態として実践されたのです(第7回・第8回)。
もちろん、STは、観光それ事態の持続可能性を達成する観光形態でもあります。これこそ、STの第一義の意味なのかもしれません。いずれにせよ、STは、観光そのものの持続可能性と、地域社会の自然・文化の持続可能性を実現します。
さらに、STを実践した観光地は、地域社会の持続可能性をも達成したようにみえます。すなわち、STを振興した地域社会は、観光によって地域の経済を安定させ、地域の自然・生態系を保護し、地域の文化を保護・再構成・創造し、その結果、地域社会の成り立ちが比較的安定化したようにみえるのです。
また、STを実践した多くの事例で、住民が主導して、住民自身の地域の自然や文化を大切にして、それらを当地域の来訪者に「みせる」地域観光が観察されます。そのようなST開発は、コミュニティ観光開発(C-BTD: Community-Based Tourism Development)とよばれます。このように住民が主導する観光開発では、地域住民が協働して地域観光を振興するので、主体性をもつ個人の、強固なネットワーク型社会関係資本(集団内で個人間のつながりが強固であるほど集団全体の生産性が高くなるという考え方)が地域に形成された、という事例研究も報告されています。
コミュニティのST開発がC-BTDだとすると、STによるコミュニティ振興がT-BCDだといえます。言葉に照らしてみると、重点の置き所が観光開発かコミュニティ振興かで区別されますが、両者の現実にそれほど違いがあるようにはみえません。それらを実践する人たちが、自身の実践を観光開発と地域振興のどちらと捉えるかで、呼び方が代わるのかもしれません。ただし、観光開発といえば、多くの人たちにとって、従来、大規模なリゾート地開発を連想しがちで、観光という言葉の響きは耳障りなものでした。こうした傾向は、観光まちづくりの実践者がその言葉を嫌う一因であるかもしれません。
いずれにせよ、STによる地域振興であるT-BCDは、持続可能な地域社会の形成を期待させる現実を生みだしました。おそらく、T-BCDは、STによって持続可能性がいかに実現されるかを、最も端的に映しだします。T-BCDにおいて、STが持続可能な地域社会を築く構図を、前回(第10回)にも示した図2によって、今一度、確認してみてください。
観光まちづくり(T-BCD)において、持続可能な観光(ST)をとおして具現する持続可能性を、あらためて整理してみます。それは3つの持続可能性です。すなわち、第一に観光の持続可能性、第二に地域の自然や文化の持続可能性、そして第三に地域社会の持続可能性です。
このような、T-BCDとSTの関係から発現する3つの持続可能性は、いまのところ私の仮設(proposition)にすぎませんが、持続可能な開発(SD)というスローガンの曖昧さを再考する手がかりになると思われます。この点からさらに考えられることについては、次回(第12回)にお話します。