大衆観光による負の効果と観光学
大衆観光は、前回みたように、1960年代に出現した、世界中に多くの重大な影響をもたらす歴史上の画期的な社会現象です。この社会現象は、発生してから年々世界中に拡大し、世界各国にますます重大な影響を及ぼしながら現在に至っています。
大衆観光が社会に及ぼす影響として、1960年代に世界中でまず注目されたのは経済効果でした。そして、現在も観光は多大な経済効果を生み続け、その効果がとても評価されています。2017年、観光の世界的な経済規模は 8兆3,000億米ドルです。これは世界全体のGDP総額79兆8,000億米ドルの10.4%を占めています。産業別のGDP構成比でみると、観光の経済規模は情報通信産業とほぼ同等、また自動車産業の約2倍となります。観光のこうした経済効果が観光は21世紀の基幹産業といわれる所以です。
ところが、大衆観光が社会にもたらす影響は、正の効果ばかりではありません。大衆観光は、観光地社会に多くの深刻な負の効果も惹き起こします。観光には、観光地でのゴミ、騒音、混雑、犯罪の誘発などといった問題がつきまといがちです。これらの問題は観光公害とよばれます。この観光公害を大規模に、そして世界全体にまで拡散させたのが、大衆観光だといえます。
観光立国を標榜し1960年代から大規模な観光開発を実践した発展途上国では、観光による負の影響が先進国の国際的な観光地よりもさらに深刻でした。当時の発展途上国の多くは、経済の離陸につまずいたため、つまり経済発展をスタートする工業化ができなかったため、先進国の大衆観光客を受け入れて外貨を稼ぎ、観光による経済成長をめざしました。観光は、自国の商品を生産し外国に輸出しなくても外貨を稼ぐ手段となりえるのです。
ある国の貿易という観点からインバウンド観光(海外観光客を国内に受け入れる観光)をみると、その国にとって観光はみえざる輸出(invisible export)という経済効果を生みだします。つまり、その国は、みえる(具体的な財やサービスとしての)商品を外国に輸出して外貨を稼ぐ代わりに、外国から観光客が訪れて国内で消費する結果から外貨を稼げるわけです。
ところが、発展途上国の多くの観光立国政策は、期待していた観光による経済効果を思うように獲得できませんでした。資本が乏しい発展途上国の大規模な観光開発は、先進国の国際資本によって実行されました。それゆえ、その経済的収益は国際的な観光事業者を通して海外に漏出してしまい、当の発展途上国には望んだ収益が還元されなかったのです。
このように発展途上国の観光立国宣言は期待した観光の経済効果をえられず、ほとんどの場合に失敗でしたが、それだけでなく、別なかたちでも観光の負の効果が多く残されました。なかでも深刻な観光の負の効果は、観光地社会の文化変容や自然破壊でした。これは、観光客を誘致する当地の魅力となるはずであった、文化や自然が、大量の観光客を誘致したばかりに被害を受けてしまったことを意味します。なんとも皮肉な話です。
米欧の観光学は、今回に紹介したような、大衆観光が発展途上国にもたらした負の効果について、1970年代から80年代にかけて国際的な事例研究を盛んに行ないました。そして、観光開発による様々な負の効果が報告されました。観光の学術的研究は、大衆観光による負の観光から始まったとさえ言えます。
今回は観光と観光学のネガティブな暗い側面の話になりましたが、もちろん、観光には人に楽しみをもたらす、ポジティブで明るい側面があります。また、観光学は、後に紹介するように、1980年代になると、個人と社会にとって最適な観光のあり方を探究する学問となっていきます。ただし次回も、大衆観光による負の影響について、暗い説明がつづきます。観光と観光学についての明るい話題まで、もう少し待っていてください。