⑤地域の観光振興と観光スポットとしての宗教関係施設
~「美」と「無」を求めて~
私が現在住んでいる所は、奈良県北葛城郡王寺町という人口2万4千人ほどの小さな町です。町域は、東西4.2km、南北3.7km、面積は7.01k㎡ で、JRの駅が2つしかありません。私がこの町に住民票を移してから10年ほどになりますが、両親が大阪市内からここに引っ越してきたのは、昭和61年でした。
当時は、本当に観光施設と呼べるものは何もなく、皆さんがお持ちの『奈良』のイメージとはほど遠いものでした。現在は、行政と地域住民の協働が進み、私にとって大変好きな町に進化しつつあります。もちろん、観光客が大勢訪れて、賑わいがあふれているというような状況ではありませんが、コロナ禍においても持続可能な着実な観光振興の展開が見られます。
王寺町観光協会のホームページには、町内観光のモデルコースとして、気楽に散策を楽しむコース(5km)、歴史ロマンを感じるコース(10km)、豊かな自然をめぐるコース(10km)、聖徳大使の愛犬雪丸の里めぐり(16km)の4つのコースが設定されていますが、その中の観光スポットはほとんどが宗教関係施設です。
どのコースもJR王寺駅を起点にして設定されていますが、すべて徒歩で回るコースでは、まず達磨寺が紹介されています。次に、大日堂、片岡神社、放光寺、孝霊天皇陵、尼寺廃寺跡、明神山鳥居・山頂、火幡神社などです。興味のある方は、王寺町及び王寺町観光協会のホームページ等でご確認いただければ幸いですが、いずれも地味ではありますが、俗に観光地化がなされていない静かで美しい場所です。
中でも、達磨寺と明神山は、王寺町が観光振興の基点として注力してるところです。
達磨寺は、達磨大師の墓と伝えられる古墳の上に本堂が築かれています。現在の本堂は平成16年に再建された新本堂です。寺内には、国の重要文化財である木造達磨坐像・木造聖徳太子坐像・達磨寺中興記石幢があり、また、奈良県指定文化財として方丈があり、さらに王寺町の指定文化財として聖徳太子の愛犬「雪丸」の石像があります。王寺町では聖徳太子の愛犬「雪丸」をキャラクター化して、王寺駅をはじめとする町内のあらゆるところに配置し、観光マスコットとしての機能を大いに果たしています。以前から大みそかには除夜の鐘が町内に鳴り響いていましたが、近年、大みそかから元日にかけて、町内外から訪れた参拝客に鐘をつかせてくれるというイベントも行われるようになりました。私も娘と一度鐘をつきに行きました。奈良の冬は寒いので、振る舞いの「ぜんざい」や「豚汁」はおいしかったです。
明神山は、標高273.6mの低い山で、以前から地域の人々の散策や健康づくりのための登山コースとして親しまれてきましたが、展望台の整備等により、現在では、山頂では360°の大パノラマがひらけ、5つの世界遺産を目にすることができます。大阪府側では世界遺産の百舌鳥・古市古墳群やあべのハルカス、空気が澄んでいれば明石海峡大橋も見渡せます。ふもとの明神山鳥居から山頂までは徒歩でおよそ40分です。ふもとの駐車場の整備やパンフレットの作成、奈良交通とのタイアップ、「日本遺産(Japan Heritage)」の認定などにより、今や地域を代表する観光スポットとなりました。
しかしながら、私が今回一番紹介したかったのは、自宅から最も近い火幡(ほばた)神社です。王寺町観光協会のホームページによると、火幡(ほばた)神社は、「天児屋根命、神功皇后、誉田別命、玉依姫命、天照大神が祀られる神社です。延喜式の神名帳に記されており、古くは大同元年(806)に神封が与えられたとする記録があります。」とされていますが、私はそんなことも全く知りませんでした。
30年以上前から、元日の朝にぷらっと初詣に行く地域の神社でしかありませんでしたが、そもそも無住の神社で、当時は駐車場もなく正月だからと言って、遠くから人が来るようなところではありませんでした。(現在は駐車場も整備され、元日には車で参拝に来る方が目立つようになりました。)
小高い丘の上に本殿があり、鳥居を過ぎるとすぐに急な石段があります。それを登りきるとさほど広くはない境内の正面にすぐ本殿がありますが、本殿にたどり着くには、さらに石段を登る必要があります。深い緑の木々に覆われ、まさに鎮守の杜と呼ぶに相応しいところで、常に心が洗われますが、これを近隣住民の皆さんのご尽力抜きに語ることができません。
自然を守るには相当な時間と労力を要しますが、参道の整備、樹木の伐採や境内の清掃等の維持管理には、常に地域住民が尽力されています。季節の変わり目には近隣の方々が樹木の手入れをしたり、参道の草刈りをする姿や、日曜日には定期的に集団で清掃されている様子を拝見することがあります。
先ほど申し上げたように、現在は観光モデルコースの中に組み込まれている火幡神社ですが、興味のない人から見れば、何の変哲もないただの神社です。その他の寺院や神社、古墳や遺跡などの宗教関係施設も皆そうです。ならばなぜこのような宗教関係施設が、観光スポットとして組み込まれるのかということについて考えてみました。
なぜなら、これらの宗教関係施設には「美」があるからです。そこには、建築や彫刻等から感じるような「造形美」はもちろんあるのでしょうが、整備された清潔な空間、水や空気が澄んだ心地よい空間から感じる「自然美」というものも十分かつそれ以上に感じられるように思います。これらの「美」に親しむことにより、日常から脱却し、束の間、よけいなことを考えない「無」の世界に近づくことができる。信仰心のあるなしに関わらず、観光スポットとしての宗教関係施設には共通してこのような魅力があると思います。
そんなことを思いながら、本日、ワクチン接種の帰りに火幡神社の境内を歩いて来ました。皆さんも良い休日を!