接遇の実践-接遇の5原則「身だしなみ(身嗜み)」
今回は、接遇の基本5原則「挨拶・表情・身だしなみ・言葉遣い・態度」から「身だしなみ」についてです。第4回で示した1980年代出版の3冊の書籍、『人に会うって素晴らしい』(初版・第2版)、『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』で著された内容を基本に、関連文献も交えながら、現代とつながるような形式知へのヒントが見つかれば、という思いで綴っていきます。
『人に会うって素晴らしい』(初版・第2版)から見てみることにします。「身だしなみ」は「身だしなみ(おしゃれ)」と表現されており、「おしゃれの3原則」は「清潔であること・上品であること・控えめであること」とあります。自らの外面とその外面からの印象といったものを重視した「身だしなみ」であるように見受けられます。一方『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』では、おしゃれの3原則を踏襲しつつも、「『身だしなみ』これは「おしゃれ」とはちょっと違います。」とし、自らの外面を相手に対する身のたしなみと考え、自分の身を整えること、そのことが相手にプラスの心理を与えるという考え方です。「相手に合わせて工夫し、その時・その場で美しく輝いている人こそ、本当の「おしゃれ」「センスのある人」と言えるのでは」と説明されます。
『広辞苑第7版』によると、「身だしなみ(身嗜み)」は、「①身のまわりについての心がけ。頭髪や衣服を整え、ことばや態度をきちんとすること。②教養として、武芸・芸能などを身につけること。また、それらの技芸。」とあります。また、『日本国語大辞典第2版』によれば、「身だしなみ」の「嗜む」とは、常日ごろからある芸事に親しんでいて、ある程度の水準まで達している。転じて「かねてより心がける」こと、とあります。つまり、日本語の「身だしなみ(身嗜み)」は、髪形・服装・言葉・態度や心がけの意味、教養として技芸に親しみ、外面だけではない内面を含めた人としてのあり方や、佇まいを示す言葉だとわかります。身嗜みを整える、整っているといえば、「かねてより心がけている」ことの実践であり、その場における佇まいがすでに整っている状態であること、といえるでしょう。
『魅力行動学 ビジネス講座Ⅱ』(古閑博美編著 学文社)「第1印象と身だしなみ」では、「身だしなみとは、身体の頭から足元までの外見および内面をも含む。具体的には①髪型②表情③服装④言葉遣い⑤態度⑥心がけ」の6つ、のちの『わかりやすいキャリア学』(古閑博美編著 学文社)では「態度・髪形化粧・服装・言葉遣い・心がけ」の5つとしています。日本語の「身だしなみ(身嗜み)」の原義にもとったものといえます。
次に、図1で接遇の5原則「身だしなみ」の項目と、原義の「身だしなみ(身嗜み)」との関連を示します。左の5項目での「身だしなみ」は主に外面からの意味、右の5項目は日本語本来の外面・内面両方の意味を有した「身だしなみ(身嗜み)」の考え方です。矢印は、その使い方の関連性を示しています。
現在、「身だしなみ」といえば、外側からのアイテムである服・髪形等を思い浮かべることが多いようです。本来「身だしなみ(身嗜み)」ひと言で、人と成りを表す言葉として用いられてきたとすれば、そうした概念や言葉を、日本文化の実践としても嗜んでいきたいものです。
日本以外では、身だしなみのような概念はどのように考えられているのでしょう。『ロイヤルスタイル英国王室ファッション史』(中野香織 吉川弘文館)から引いてみます。中野は「あとがき」で、「ファッションと聞いて素敵なお洋服が」に続いて、「『ことば・行動・態度・社会における立ち位置・交友関係・環境・マインドセット、そしてグルーミングや服装』すべてをファッション(スタイル)の構成要素とみなしている」と述べています。もともと「ファッション」の語源には「形づくる」という意味があり、人を形づくる構成要素の総称としての「ファッション(スタイル)」であるとしています。ここで挙げられている項目のほとんどは、日本語の「身だしなみ(身嗜み)」原義にも含まれているものです。このような「ファッション(スタイル)」や「身だしなみ(身嗜み)」の概念とその要素は、人と自分、というインターパーソナルな場面、つまり多様なコミュニケーションをとる中で、好感度やその人ならではの魅力を構成する必須の要素ともいえるのではないでしょうか。
この「嗜み」ということを、昭和期を通し礼法書の中で発信し続けた人物がいます。第5回の「挨拶の角度」でも少し触れた、徳川義親です。徳川は躾と嗜みの違いを、他から教えられる躾と自ら修養する嗜みと定義づけた上で、「恭敬和親」という嗜みを自ら進んで実践する生き方や態度の大切さを、様々な礼法書で説いています。古閑の「心がけ」、中野の「マインドセット」に見るように、不穏な現代の状況だからこそ、「恭敬和親」の嗜みを常に意識し、「身だしなみ(身嗜み)」と共に身につけたいものです。