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堀田 明美

接遇の実践-接遇の5原則「挨拶」

 今回からは、「挨拶・表情・身だしなみ・言葉遣い・態度」という接遇の基本5原則の項目を5回に分け、1つずつひもときます。基本5原則に関しては、付される言葉が「接客の」「接客の基本の」「人間関係づくりの」「人を美しく見せるマナーの」等さまざまであり、今後の講義では「接遇の5原則」という呼称に統一します。

 まず「挨拶」です。これから5項目の内容は第9回まで続きます。第4回で示した1980 年代の3冊の書籍、『人に会うって素晴らしい』(初版・第2版)、『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』で著された内容を基本に、関連文献も交えながら、現代とつながるような形式知へのヒントが見つかれば、という思いで綴っていきます。

 「挨拶」の項目は、上記にあげた3冊の書籍では5原則の筆頭に置かれています。当然といえば当然で、「挨拶」は「人との出会いにおける最初のふれあい」、また「あなたを見つけましたよ。さあ、人間関係を結びましょう」というサイン、という書き出しの文章からもわかります。

 深田博己『インターパーソナルコミュニケーション』では、鈴木孝夫の「これからコミュニケーションが始まることの相互確認・友好関係の保持・力関係における両者の相対的位置の確認」を引き、社会心理学、言語学的なあいさつ行動の社会的機能を指摘しています。お辞儀の角度が相手よりも低いか高いか、タイミングが先か後かは、社会的な弱者と強者の力関係として示されるとあります。

 昭和期に多くの礼法書の出版・編纂に携わり、それまでの「儀式礼法」に対して「日常礼法」の概念を示し、普及に努めたのが、徳川義親です。代表的な著書『日常禮法の心得』の中で、お辞儀の角度についても言及しています。角度は、「標準を示しただけでこれにとらわれる必要はない。それよりも敬禮で大切なのは丁寧に見えることである。ぞんざいに見えてはいけない」とあります。大切なのは相手に対する恭敬の気持ちからの形、ということを数多くの著書で何度も述べています。「禮」をまず心と形に分類したのも徳川義親です。

 日本で挨拶と共に行われるお辞儀ですが、明治期の立礼導入以来、昭和戦後期までの拝礼としての「敬礼」は、すなわちお辞儀、という意味で捉えられていました。2冊の『人に会うって素晴らしい』では、お辞儀は、その①に「背筋、首筋をまっすぐに伸ばし、おなかを引っ込め、腰から上体を折るようにする」(改定版第2版)とあり、練習の必要性と共に「すれ違った時、キチンとしたお辞儀を伴った挨拶のできる人は、さわやかな印象を残す」(改訂版第2版)とあります。また、目安としての上体の角度は15度(会釈)・30度(敬礼)・45度(最敬礼)の3種類としています。

 昭和期の礼法文献からは、お辞儀の角度や用法にも現代との違いが認められます。昭和8(1933)年『文部省調査中等學校作法要項解説』では、最敬礼の角度表示はなく、普通礼として「三十度乃至十五度の間」という角度が示されています。昭和16(1941)年発行文部時報『禮法要項』では、45度のお辞儀は「天皇陛下に對し奉りては最敬禮を行ふ」と示され、また神を拝する「拝禮」としての「拜」も45度とあり、30度のお辞儀が立礼の角度とされています。

 このように、歴史経過による挨拶の変遷、各国による違いもありますが、現在のような感染症のパンデミック下においては、距離を保ち、体や手を接触させない日本のお辞儀は、安全な社会的機能維持のため今後も評価されていくことでしょう。

 「あいさつ」に関し3冊の共通点は、その心得を頭字語で分かりやすく示していることです。

あ   あいをこめて(最近のマナーの本では「あかるく」とすることもあるようです。)

い   いつでも

さ   さきに

つ   つづけて

 この順序どおりを心得とし、頭字語を思い出しながら「先に・相手の目を見て・相手にあわせて・大きな声で明るく・つづけて」実践することだとあります。まず先手必勝の挨拶、さらにもう一言の挨拶言葉があれば、スモールトークへの展開もしやすくなります。挨拶言葉は「暑いですね・寒いですね・お元気そうですね」など、天候やご機嫌伺い等の日常の言葉といわれます。次の会話につながるよう「きどにたてかけし衣食住」(気候(季節)・道楽(趣味)・ニュース・旅・天候・家庭・健康・仕事)のような頭字語も覚えておくと安心です。筆者はかつての職場の先輩から教わりましたが、現在では、インターネット辞書に載るほど一般的な頭字語になっています。

 「あ・い・さ・つ」の頭字語の心得から、常にオープンな心の構えの必要性がわかります。「指示待ち」にも通じる「無言」や「無視」からの転換、またダイバーシティの状況下で、一言で終わらない、終わらせないためのコミュニケーションにもつながります。基本的なソーシャルスキル等のアプローチも必要でしょうが、まずは少し勇気を持って自らの言葉掛け「相手より先に」、の実践を試みましょう。

 「自ら先に」の挨拶が、危機管理や職場環境の改善につながる側面もあります。最近挨拶をしない職場環境にいる方が多いと聞きます。テレワークも当たり前になり、人と人との接触の機会がますます減っていることも事実です。しかし、自らの「挨拶」や「ひとこと」の発信が、周りの人への安心安全、温かい気持ちを送ること、相手への理解、に役立っていると考えてみてはいかがでしょう。「あの時ああ言っておけば」ということは、実生活で多々起こることです。おせっかいな一言と思わず、事前のひと言、何かおかしいと感じた時の少しの声掛けが、身近な問題解決、クレームの事前回避、ヒヤリハット対策等にもつながっていきます。

 さまざまな状況対応や問題解決のため、どの言語であっても、語彙力・表現力・ユーモアを磨くこと、また物おじしない堂々とした姿勢は、魅力的な挨拶と会話を後押しします。たかが挨拶、されど挨拶です。

 今後、渡航制限がなくなり、日本を訪ねてくださる外国の方々に、またマイクロツーリズムで更なるオーセンティックな日本を発見しつつある日本人の皆様に、平成15(2003)年ビジット・ジャパン・キャンペーンが始まった時のスローガンの言葉、「YŌKOSO!JAPAN」の挨拶を、再び「愛をこめて・明るく」交わせる日が来ることを、心待ちにしています。

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