「接遇」をひもとく―継承過程④ | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

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堀田 明美

「接遇」をひもとく―継承過程④

 今回は、第2回で紹介した航空会社による接遇関連書の内容から、接遇項目の変遷、その後の新たな展開例をひもといていきます。

 昭和57(1982)年、日本航空創業から31年目に、それまで蓄積された接客のノウハウをまとめた書籍、日本航空客室訓練部編著『人に会うって素晴らしい』が出版されました。副題に「接客応対の基本」と付したこの本の中で、「接客の基本5原則」として「挨拶・笑顔・態度・身だしなみ(おしゃれ)・言葉づかい」の5つの項目が示されました。

 3年後の昭和60(1985)年、同タイトルでの改訂版第2版でも「接客の基本5原則」の5項目は、そのまま踏襲されています。初版及び改訂版第2版第1章「接客の基本」では、客人をもてなすという原点は、「皆さまの家へ、お客様が見えたら、どのようにおもてなしをするか」であり、それは例えば遠方からの来客に、夏であれば涼しい部屋と冷たい飲物でくつろいでいただき、気持ちよくお話できる雰囲気を作り、短い時間でも訪ねてよかった、楽しかったと帰路についていただくということだとしています。根底をなすものは「毎日の生活態度」、「他人を思いやる心」であり、当たり前の日常の実践としての5項目であることがわかります。

 また「あとがき」には、「HOSPITALITYとかSINCERITYといった言葉をよく耳にします」ともあり、「この言葉のもつ持つ意味、すなわち、人を思いやる心や誠実さというものは、長い歴史の中で培われた私たち日本人の大切な部分」と記されています。1980年代当時の客室乗務員の仕事において、これら「もてなし」や「ホスピタリティ」という言葉自体は、筆者の経験から振り返る限り、現在ある概念のようには認識されていなかったように思います。

 こうした時期を経て、和語である「もてなし」や外来語である「ホスピタリティ」は、言葉自体の定義づけから始まり、リオデジャネイロでの東京オリンピック招致活動における「お・も・て・な・し」への展開、経済活動におけるサービスとホスピタリティの違い、ホスピタリティマネジメント等、概念の深化や伸展により、現在では横断的、学際的に研究される分野となりました。しかし、他者を自宅に招かない傾向に加え、感染症パンデミックの現在は、人に会えない、対面できない等、当たり前のことが当たり前にできない日常だといえます。「新しい日常」の中での多様性を考える必要もあり、「おもてなし」「ホスピタリティ」などの、概念的な言葉と考察だけが人口に膾炙していっているようにも思えます。

 さて、実践の要素である5原則に戻ります。『人に会うって素晴らしい』の出版から7年後(第2版からは4年後)の平成元(1989)年に、JALコーディネーションサービス編著『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』が出版されます。ここでは、 以前の2冊のように、「お客様への接客」のみを意識した原則ではなく、「人間関係づくりの基本」また「人を美しく見せるマナー」として5つの要素が踏襲されます。若干の項目名の変化がみられ、内容は「挨拶・表情・身だしなみ・言葉遣い・態度」となります。

 この本の「はじめに」では「マナー美人」という言葉を使い、5つの要素は「人間関係づくり」「人を美しく見せるマナー」で自分を磨き、年齢と共に輝くためとして示されます。「接客の5原則」の言葉自体も、これらの書籍の中で「接客の基本5原則」、「人間関係づくりの基本5原則」、「マナー美人のための5つの要素」、「人を美しく見せる5つのマナーの要素」等、時と共に変化しています。

 5項目においては、図1の左から右へ、昭和57(1982)年から平成元(1989)年への変化は、「言葉づかい」が「言葉遣い」に、「身だしなみ(おしゃれ)」が「身だしなみ」に、「笑顔」が「表情」に変化し、接客の5原則は、「挨拶」・「表情」・「態度」・「言葉遣い」「身だしなみ」となった経緯がみられます。これら細かな変化の理由は、例えば笑顔だけではない表情への意識や、身だしなみとおしゃれを区別しようとしたための変化であるとも推察できます。

図1 左:日本航空客室訓練部編著 昭和57(1982)年
    『人に会うって素晴らしい』日本航空客室乗員部出版
 (同 第2版「改訂版」は昭和60(1985)年出版)
  右:JALコーディネーションサービス(株)編・著
      平成(1989)年
 『JALスチュ ワーデスのいきいきマナー講座』
            日本能率協会                  
  2冊の書籍から5項目の変化を筆者が図式化 

 もともとの5原則としての項目の選定経緯、またそれらの作法はどのように継承されたのかに関しては、別に考察の機会を持ちたいと思います。

 1980年代のこれらの出版物を機に、産官を対象とした「接客の5原則」や「マナー美人」の要素を含んだ航空会社からの「接遇訓練」、「接遇研修」、「接遇教育」が広がっていきました。外部講師受け入れによる新入社員への研修等、社員・職員教育の1つとしての定着もみられました。現在では、産官のみならず、学民を含む取り組みや研究としても発展しています。

 また、国際的な大・小規模博覧会やサミット、オリンピック・パラリンピック等、プロトコール(国際儀礼)を含む多様な対応において、「接遇」は関係者やボランティアへの接客対応における実践教育としても捉えられています。国内観光では、日本人旅行者のみならず、訪日外国人旅客対応への基本接客実践項目として、またマナーの要素としても機能しているといえます。

 こうした経緯で、接遇の原則としての5項目は、出会った双方の心地よい場作り、関係つくり、人への尊敬や思いやりへの志向としての実践知が、書籍内で項目を挙げ言葉や形として形式知化され、その後の研修や教育として体系化されていったといえます。

 最後に、接遇の5原則の展開例を1つみていきます。平成27(2015)年3月、小学校及び中学校で学習指導要領等が改正され、「道徳の時間」が「特別の教科 道徳」となりました。小学校では平成30(2018)年度から、中学校では平成31(2019)年度から評価を伴う道徳の授業が始まっています。平成29年小学校学習指導要領、道徳科「内容」には、「主として人との関わりに関すること」の項目があります。

 教科化以前から文部科学省が配布している『心のノート』『私たちの道徳』は、学校・家庭・地域で活用するための冊子・教材であり、『私たちの道徳 小学校5・6年』にはこの5原則の内容が含まれています。「人とつながって」の章内で「心と心をつなぐあいさつ」の説明(p.56)、があり、続いて「『思い』は見えないけれどいろいろなかたちでつたえられる」として、相手の立場、真心など、見えない「思い」を伝える形として、表情・行動・言葉・態度(p.63)の項目が示されています。これらの内容は、文部科学省HP内「道徳教育アーカイブ」で見ることができます。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/doutoku/detail/1344254.htm

 道徳科の内容としては「主として人との関わりに関すること」であり、また航空会社では「人に会うって素晴らしい」「人間関係づくり」「人を美しく見せる」などと表現されました。関わり合う(会う)ことである「接遇」の概念とその項目は、未知の人々の見えない思いを形でつなぐ懸け橋として、産業、年代、職業等のジャンルを問わず、1980年代以降40年以上にわたり、人と人との関わりの中で踏襲され、実践され、展開されていることがわかります。

 次回からは、これら5原則に関して項目別に考察していきます。

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