観光まちづくりと観光地域づくりの違いとは? 前半
今回からは、観光学が、その取り組む個別の研究テーマについて、どのように考えているかを紹介します。ただし、それらの多くのテーマには、観光学者によって異なる見解がありがちなので、紹介される考え方には、わたし個人の考え方もあるものとして受けとってください。
さて、今回と次回の2回にわたり、観光学の研究テーマとして取りあげるのは、観光まちづくりとDMO(Destination Management / Marketing Organization)が実践する観光地域づくりです。DMOは、観光庁によって、日本語で観光地域づくり法人とよばれています。
日本政府の観光・地域政策において、観光まちづくりは2003年頃から議論され、観光地域づくりは、2015年頃から、米欧に倣って導入した[日本版]DMOの設置を中心に推進されています。21世紀の地域・観光政策では、観光まちづくりが一時は大いに議論され、実践されましたが、近頃、一般的にはあまり話題にならず、代わってDMOによる観光地域づくりがいま盛んに推進されています。
観光まちづくりと観光地域づくりの違いは何か? 今回と次回でこの問いを考えてみます。言葉(term 名辞)が異なるので、それぞれの意味(concept 概念)も、当然、異なると考えられますが、2つの概念の相違にはあまり注目されないようです。しかし、観光まちづくりと観光地域づくりの概念には根本的な違いがあり、それぞれを実践しようとすれば、その実践から生じる現実の意味がかなり異なるように、わたしは感じます。
ちなみに、観光地域づくりという言葉を、近頃までわたしは耳にしていませんでした。おそらく、観光地域づくりは、英語でいえば、tourism developmentです。したがって、観光地域と観光地域づくりは、それぞれ、従来の観光地(tourist destination)と観光開発(観光地づくり)と同義ではないかと思われます。が、それぞれにニュアンスが異なるようにもみえます。この点については、次回に考えることにします。ちなみに、観光まちづくりの英語表記は、tourism-based community developmentです。
そもそも、新規のいまだ不明確な現実と、その現実を指示する言葉やその意味合い(概念)とがどのようにつながるのかは難しい問題です。これまで紹介した<よりよい観光の実践をめざす観光学>としては、観光まちづくりと観光地域づくりという言葉の意味(概念)には、実際にどんな違いがあり、どちらが<よりよい観光を実現できるのか>について、検討する必要があります。
そこで、今回(第18回)は<観光まちづくりとは何か>を考え、次回(第19回)に<DMOと観光地域づくりとは何か>を考えたうえで、両方の違いと、その違いが生みだされる理由を突きとめます。なお、観光まちづくりについては、本講義の第11回で、持続可能な観光の見方に絡めて紹介したので、今回の説明で重複する箇所もありますが、あらためて観光まちづくりという事象を解明してみます。
観光まちづくりは、1970年代末から1980年代初めにかけて、日本全国各地で、互いに打ち合わせたわけでもなく、一斉に出現しました。それは、この時期にスタートした後、1990年代後半に日本中で注目されるようになりました。そのとき、いろいろな点で高い評価を受けた観光まちづくりの事例が、図1の各地域です。その後、21世紀になると、多くの観光まちづくりが新たに取り組まれるようになりましたが、他に先駆けて生まれた図1の事例を、観光まちづくりの原初形態とよぶことにします。
これらの原初形態とみなされる観光まちづくりが掲げたまちづくりのテーマは、次のとおりです。
- 小樽(北海道) 運河保存運動
- 遠野(岩手県) 民話のふるさと
- 会津若松(福島県) 自然と町並み
- 小布施(長野県) 北斎館 町並み保存
- 高柳(新潟県) 「じょんのび」の里
- 飛騨高山(岐阜県) 町並みとバリアフリー観光
- 足助(愛知県) 三州足助屋敷 町並み保存
- 長浜(滋賀県) 黒壁 博物館都市構想
- 出石(兵庫県) 城下町復興
- 内子(愛媛県) 内子座復元
- 由布院(大分県) クアオルト構想 生活観光地
- 竹富(沖縄県) しまおこし
こうした観光まちづくりのテーマをみると、特に伝統文化や自然・生態系といった各地の魅力によって、地域に訪問者を呼び込もうとするまちづくりの意図が看て取れます。そして、各地の魅力を発信して高い評価をえるまでに、1980年代から90年代後半までの10年数年の仕込み期間をへて、観光まちづくりという、わたしが思うに、わたしたちの世界や時代の動向のなかで、おそらくとても重大な意味のある社会現象の正体が明らかになりました。
このような観光まちづくりの原初形態がどんな社会現象(複数の人間が関係し合って生じる事象)であるかを探る手がかりとして、その事例研究から導きだされた8つの主な特徴を列挙してみます。
1.1980年代初めのほぼ同時期に日本各地で取組みが始められ、1990年代後半にまちづくりの成果がメディアで取りあげられ、全国でその実績が注目を集めた。
2.その実践形態には、一方で新たな観光の開発や振興と、他方で新たな地域振興のあり方が結びついた特徴がみられる。
3.それは、キー・パーソンとよばれるリーダー(たち)によって先導され、まちづくりの理念を共有する住民が主体となって実践された。
4.その実践をとおして、多くの事例で、経済成長に取り残され、衰退した都市や限界集落となった農山漁村の地域(コミュニティ)がさまざまな側面で活性化した。
5.その実践において、地域の伝統文化を発掘したり再発見したりして、観光対象として保存や再構成し、ときに伝統文化にもとづく新たな文化の創造に努めた。
6.地域の自然・生態系の魅力を再認識して、観光対象として活用した。
7.地産地消の実践により、地域住民による起業を推進した。
8.その成果事例と一般的に評価された地域(コミュニティ)には、持続可能な地域(コミュニティ)を実現する可能性が看取される。
このような観光まちづくりの原初形態の特徴は、その後につづく観光まちづくりといよばれる事例にも引き継がれています。
このように特徴づけられる社会現象としての観光まちづくりがもつ、いまの時代を反映し、今後の時代の先駆けとなる意味とは何か?このことを次回に考えます。そのうえで、観光まちづくりと観光地域づくりの違いを探りましょう。