「観光の懸け橋となる接遇」の連載にあたって
観光Web講義「観光の懸け橋となる接遇」では、「接遇」をキーワードに、その実践の変遷と今後の志向性について綴っていきます。方法として、文献資料を中心に「接遇」と観光との多様で発展的な関連性を、実務経験からの考察と共に明らかにしていく試みです。
観光は、平成19(2007)年1月施行「観光立国推進基本法」により、「日本の21世紀における政策の重要な柱」とした基幹産業に位置付けられましたが、その基本的施策第二十条にも「接遇」の記載があります。昭和38(1963)年の「観光基本法」(すでに失効)にも「接遇」の文字が見られました。
「接遇」という言葉は、中国前漢時代の司馬遷による『史記』列伝(屈原・賈生列伝)が初出とされ、現在の「接遇」とほぼ同じ「応接する」(訳)という意味合いで使われています。わが国では、律令のうち刑法である「律」が初出とされ、その後は、人と人との邂逅や接客の在り方に関し、意義を持たせた言葉となっていきます。
一方、作法教育に関する文献内では、明治後期師範学校・中学校の『作法教授要項』で16項目が示され、その後戦前昭和期まで多くの「作法要項」(男子)及び「女子作法要項」等、「作法」に特化した書籍内で「清潔で整頓された家に客を迎え、主人に取り次ぎ、応接室に案内し、接客し、丁寧に見送る」という一連動作として、ほぼ同数の項目で表されています。明治から戦前昭和期までの学校教育の中で、こうした細かな項目での接遇の実践と、接遇概念が絶えることなく受容されていたことがわかります。
現在、一般的に使われる接客や「接遇」という言葉が日本の社会に受け入れられるようになった起因は、学術的アプローチの仕方により諸説あります。老舗百貨店(呉服系)の店員心得としての接客法、また昭和期1980年代前半より航空会社で客室訓練を行う教官らにより、民間企業、官庁、公共機関、病院等への「接遇・接客研修」が全国的に開始・展開されたこと等があげられます。以降、企業研修の要素としても接遇の概念が定着しました。 礼儀作法、もてなし、マナー、エチケット、プロトコール、ホスピタリティ、ホスピタリティマネジメント、ソーシャルスキル等の言葉との関連、もしくはそれら概念の実践的な表出方法としても、接遇が捉えられていると考えられます。
筆者は、昭和から平成の時代、客室乗務員として17060時間49分(ジェット機で東京・ロンドン・ニューヨーク・東京を平均飛行時間のみで計算した場合約500周)のフライト経験がありますが、現在は、国際宇宙ステーションの野口聡一宇宙飛行士が、1日で地球を16周という令和の時代です。しかし時間がゆっくり過ぎた時代だからこそ、数字だけでは表せない、人との出会いによる様々な物語を伴う貴重な実務経験も得られました。 この観光Web講義では、「接遇」・接客・もてなしの現場で働いてきた(いる)航空関係者による書籍等も紹介し、その考察や「想い」もお伝えできればと思います。
令和2(2020)年1月以降、COVID-19による地球規模でのパンデミックが起こりました。エアラインビジネスは、自然災害や天候、今回のような感染症による影響を最も受けやすいとされています。第1波当時、ランウェイに所狭しと駐機された飛行機は、本来離発着の起結点である空港で、翼を休めているだけという痛ましい姿でした。 世界中のエアライン関係者だけでなく、観光、交通、関連業種に携る多くの人々が、長く苦しい局面と対峙しています。しかし、禍福は糾える縄の如し、今後必ず日本で、世界中で観光は復活するでしょう。新たな知見を学ぶ準備期間と捉え、万全の離陸にエールを送る気持ちで綴っていきます。