独自の発展を遂げた「島の自然」 寒霞渓 ② | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

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石床 渉

独自の発展を遂げた「島の自然」 寒霞渓 ②

 前回(第8回)の観光Web講義では「島の自然」と題し、小豆島の代表的なスポットである寒霞渓の雄大な自然の魅力として、地質が形成された経緯や観光地としての歴史をもとにみてきました。そして、後編となる今回(第9回)は寒霞渓の魅力ある自然を、島民がどのようにして保全してきたのかを解説します。

 前回(第8回)の観光Web講義でも少しふれましたが、まず寒霞渓における固有動植物の生育場所や固有植物の特徴について説明します。

 1963(昭和38)年に麓の紅雲亭から寒霞渓山頂のルートを結ぶ「寒霞渓ロープウェイ」が開通し、今日まで多くの観光客を運んできましたが、ロープウェイが運行するルートの下には遊歩道も整備されています。遊歩道は表12景、裏8景の2つのルートがあり、それぞれ希少価値のある固有の動植物や侵食を受け形成された奇岩が随所にあり、寒霞渓だけが持つ自然を歩きながら堪能することができます。

 まず表12景は紅雲亭から四望頂までの全長約1.8キロメートル、標高差約290メートル、徒歩約45分のルートです。春は葉の数が多く裂片を「いろはにほへと」と数えたことに由来するイロハモミジ(カエデ科)や、樹皮が青緑色で甜瓜の実の表皮に似ているウリハダカエデ(カエデ科)などの新緑が映える人気のウォーキングコースです。また裏8景は猪谷池から石門を経て寒霞渓山頂までの約2キロメートル、標高差約390メートル、徒歩約1時間のルートです。鹿岩、松茸岩などの奇岩のなかでも、特に小豆島霊場札所のある石門付近は秋の紅葉と荒々しい岩肌のコントラストが美しく、一見の価値があります。

 このように樹木や岩塊など、豊かな自然が残る寒霞渓には固有の植物が生育しています。

 寒霞渓に生育する固有植物のひとつであるショウドシマレンギョウはモクセイ科の植物で、4月から5月上旬にかけて緑色を帯びた黄色い花を咲かせます。樹本種のヤマトレンギョウは葉の周辺が鋸葉で花と葉の発芽に時間差があるのに対し、ショウドシマレンギョウは葉がほとんど全辺であり、花と葉が同時に発芽するという違いがあります。ショウドシマレンギョウの花言葉は「希望」です。秀麗な花は寒霞渓を訪れる多くの人達に「希望」を与えてきたのかも知れません。

 小豆島は海岸線長126キロメートル、面積153.29平方キロメートルの瀬戸内海に浮かぶ小さな島です。瀬戸内海から吹く湿った風が小豆島の標高約800メートルの山を越えるとき、気温差によって寒霞渓周辺に小雨や霧が降りやすくなります。瀬戸内式気候の降雨量が少ない環境のなかでも、適度な水分を得ることが好条件となり、固有植物が生息し続けることができたと考えられます。

 そして特有の自然を誇る寒霞渓を含む香川県において、希少価値のある野生生物を保護する動きが始まりました。

 香川県は2006(平成18)年5月19日、生育する野生生物が生態系の重要な構成要素であり、また自然環境の重要な一部として住民の豊かな生活に欠かすことのできない希少野生生物の保護と絶滅を防止することを目的とした希少野生生物の保護に関する条例に基づき、県内に生育する動物2種と植物6種のあわせて8種類の動植物を希少野生生物に指定しました。そして指定された8種類の希少野生生物のうち、動物に分類されるヤハタマイマイ(オナジマイマイ科)、植物に分類されるカンカケイニラ(ユリ科)、ショウドシマレンギョウ(モクセイ科)、ミセバヤ(ベンケイソウ科)の4種類は寒霞渓に生育する固有種です。

 本条例の施行と希少野生生物の指定により、自然環境保護の重要性が鮮明になったと言えます。

 次にこれらの行政による法令のみならず、景観の保全にあたり寒霞渓の持つ奥深い魅力を守ることを体現した地元有志の活動を紹介します。

 1898(明治31)年、中桐絢海(なかぎりけんかい)を初代会長とした神懸山保勝会が創設されます。神懸山保勝会は山の保全や宣伝などに努め、その後の国立公園指定の礎となる熱心な活動を行います。

 しかし、そのような中、寒霞渓の景観に注目した外国人による土地の買収計画が持ち上がります。豊富な外資によるリゾート計画の構想が小豆島に持ち込まれようとしていたのです。そこで土地買収から起こり得る乱開発に危機感を抱いた、地元小豆島で醤油醸造業を営む長西英三郎は神懸山保勝会に巨額の寄付を行い、神懸山保勝会が分有していた土地の管理を一元化しました。長西英三郎は土地の買収が全て終わる1912(明治45)年3月まで、自らが行った寄付の公表を許さなかったと言われています。

 この土地買収にかかわる大英断により、その後も寒霞渓は乱開発されることなく、現在まで美しい景観を保つことができたと言っても過言ではありません。

 昨今のコロナウイルス感染拡大に伴い、観光のかたちは変わろうとしています。しかし、大切なことは観光資源がブランド化され、人を惹きつける魅力が残されているかどうかということです。観光のかたちが変化しても、先人のように地域の将来を思い描く「創造」と環境保全に邁進する「実践」を兼ね備えた、次世代の人材育成が小豆島の課題であると考えられます。

(参考:小豆島讃花、うちのみ道標、寒霞渓の魅力、香川県ホームページ)

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