独自の発展を遂げた「島の自然」 中山千枚田とホタルの郷 ① | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

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観光Web講義


石床 渉

独自の発展を遂げた「島の自然」 中山千枚田とホタルの郷 ①

 前回(第13回)の観光Web講義では、小豆島霊場第54番札所宝生院について、霊場の魅力を訪れた人たちに伝え、賑わいを取り戻すための新たな取り組みや、宝生院境内で成長した国の特別天然記念物・真柏に対する地域の人たちの保護や保全活動について解説しました。そして今回(第14回)は、小豆島の中央に位置する中山地区の「中山千枚田とホタルの郷」を題材として、棚田を中心に培われてきた自然や景観の保全活動のほか、夜型観光への取り組みなどを2回に分けて解説します。

 まず「中山千枚田とホタルの郷」のある、中山地区の場所と立地上の特徴について説明します。中山地区は小豆島の玄関口である土庄港から車で約15分、島のほぼ中央に位置し、三方を山に囲まれた中山間地域にあります。山深い急斜面に建てられた家屋が点在するように集落を形成し、牧歌的な日本の原風景が残されています。中山地区の世帯数と人数の推移をみますと、2010(平成22)年の世帯数136世帯、人数380人に対し、2021(令和3)年には世帯数128世帯、人数295人と緩やかに減少しているのが分かります(図1)。しかし、世帯数や人数は緩やかに減少しながらも、中山地区における住民同士のつながりは強く、毎年10月には江戸時代中期から約300年以上続く「奉納農村歌舞伎」が地元の歌舞伎保存会によって上演されるなど、伝統ある地域文化が受け継がれています。

図1 中山地区の世帯数と人数の推移(各年4月1日時点)

 2010年2016年2021年
世帯数136135128
人数380333295

出所)小豆島町住民生活課『中山地区の世帯数』をもとに筆者作成。

 このように、里山の長閑な風情と地域文化が残る中山地区では、古くから「棚田」での稲作が盛んにおこなわれてきました。そして、棚田は階段状に幾重にも波形するように見えることから「中山千枚田」と呼ばれています。この中山千枚田は南北朝時代から江戸時代中期にかけて、海抜150メートルから250メートルの傾斜地を開墾し、石を積み上げ造られた古いものですが、2020(令和2)年の時点では、789枚の棚田のうち479枚が田として、また60枚が畑として耕作されています(図2)。農業の機械化が進んでいなかった時代において、急こう配な場所での作業は重労働でしたが、地元住民の努力により生活基盤となる稲作を実現し、中山千枚田は現在も住民にとって必要不可欠なものとして息づいています。

図2 2020年 中山棚田利用状況

 枚数(枚)面積(㎡)割合(%)
47980,05267.1
608,1826.9
保全地20025,38721.3
雑種地(荒廃地)505,6444.7
合計789119,265100

出所)小豆島農林水産課『中山棚田利用状況調査』をもとに筆者作成。

 そして、これまで中山千枚田が存続している理由として、稲作に欠かせない「水」の存在が考えられます。2回目の観光Web講義でも説明しましたが、瀬戸内式気候の小豆島は年平均の降水量が約1,100ミリと低く、大きな河川がないため、常に住民は農業用水や生活用水の不足に悩まされてきました。しかし、少雨温暖な小豆島のなかでも中山地区は他の地区と異なり、水量1日約400トンの豊富な「湯船の水」が湧き、古くから住民の生活文化を支えてきました。そして、日照りが長く続いても途絶えることのない「湯船の水」は、1985(昭和60)年に環境庁の「日本の名水百選」に指定され、また、1999年(平成11)年には中山千枚田が農林水産省の「日本の棚田百選」に指定されました。

 しかし、百選に指定され農業関係者などから注目を集めた半面、地元住民は農業従事者の高齢化と担い手不足を危惧していました。そのようななか、2013(平成25)年には環境保全活動への機運が高まり、中山地区自治会長や地区関係者などが発起人となって「小豆島町中山棚田協議会」が発足されました。この「小豆島町中山棚田協議会」は、日本の原風景が残る集落において、棚田を中心に培われてきた貴重な文化・伝統・景観を保持することを発足目的としています。そして、独立行政法人 農業・食品技術総合研究機構など専門機関からのサポートを受けながら、①棚田の抱えている問題 ②棚田の今後に関する意向調査 ③保全活動への提案、などをテーマ別に中山地区の住民とともにワークショップを開催し、住民自らが考えた方針を取りまとめ、その後の活動に生かしています。

 また、2014(平成26)年からは、先例として滋賀県高島市や奈良県明日香村で実施していた棚田オーナー制度を中山地区に導入し、2019(令和1)年には14組、36人の応募が全国各地からありました。オーナー制度は棚田のオーナーに対し、田植えや稲刈りなどの体験のほか、伝統文化である中山奉納農村歌舞伎の鑑賞や虫送りに参加できるようにするなど、地元ならではの特色のある取り組みがみられます。

 中山地区は湧水「湯船の水」によって、地元住民の生活基盤となる棚田での稲作が実現しました。また、近年は文化・伝統・景観を保持することを目的とした「小豆島町中山棚田協議会」の発足により、オーナー制度にも取り組んでいます。しかし、オーナー制度は田植えや稲刈りなどの農業体験といった一時的な交流にとどまり、世帯数と人数の推移からもわかるように、持続可能な棚田農業の実現には至っていません。これらの課題を克服し、日本の原風景を存続するためには、官民が一体となり、農業だけにこだわらない、地域の魅力づくりにつながる新たな対策を講じる必要があると考えられます。

 次回は中山地区の魅力を、訪れた人たちに伝えるための環境保全などの取り組みや、その取り組みが観光とどのように結びついているのかを説明したいと思います。

(調査協力:小豆島町農林水産課、小豆島町住民生活課)

中山千枚田(2015年筆者撮影)
中山千枚田と7月上旬(半夏生の頃)に行われる「虫送り」(2015年筆者撮影)

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