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石床 渉

独自に発展を遂げた「島の産業」醤油製造

 瀬戸内海の魅力をテーマとして、今回は私の故郷である、小豆島の産業を紹介します。

 かつて瀬戸内エリアを高く評価し、その魅力を発信したのは江戸末期から明治期にかけて瀬戸内を訪れた外国人でした。明治維新直後の1860(万延元)年、シルクロードの命名者でドイツの地理学者であるフェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンは「これ以上のものは世界のどこにもないであろう」と『志那旅行日記』において世界中に紹介しています。

 時を経て今も瀬戸内海に浮かぶ小さな島、小豆島には当時から変わらない美しい景色と比類ない産業や文化が残されています。島の産業や文化は、なぜ長きにわたり途絶えることなく代々継承されてきたのか、また環境や歴史はどのように地場産業によって支えられ、影響を及ぼされているのか、といった話題をシリーズでお伝えします。

 2013(平成25)年、「日本人の伝統的食文化」として「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。小豆島は、その和食に大切な「醤油」の産地です。現在も人口約26,500人(2020年5月現在)の島に22の醤油会社があります。小豆島の醤油の歴史は今から約420年前の文禄年間(1592年から1595年)まで遡ります。一説には当時、小豆島の島民がお伊勢参りの道中に紀州湯浅(現在の和歌山県有田郡湯浅町)へ立ち寄り、醤油の製法を学び、その製法を小豆島に持ち帰ったという話があります。また別の一説には、大坂城などの土台となる石垣に使う石を採掘するため小豆島に来ていた石職人が醤油を持ち込み、その製法を島民が学んだともいわれています。しかし、当時の醤油の製造はまだ家庭用の小規模なものに過ぎず、商業用の製造を本格的に始めたのは1880年代に入ってからでした。

*醤油会社の蔵にはインバウンド客など島外からの見学者が多く訪れる。

 小豆島の醤油製造の発展には、いくつかの理由が考えられます。

 第一に、小豆島の海運業が歴史的に盛んであったことが、醤油製造に深くかかわっています。

 小豆島では、醤油づくりの原料となる大豆や小麦を大量に栽培するのは困難です。というのも、小豆島の海岸線長は126キロメートル、面積153.30平方キロメートルであり、瀬戸内海の島で最も高い山(標高816メートル)星ヶ城山があるため、耕作面積が狭く、大豆や小麦を大量に栽培できなかったのです。そのため、醤油づくりの原料は島外から搬入するしかありませんでした。

 そこで、大豆や小麦を九州方面から船で運搬する際、小豆島が海上交通の要衝であったことが、とても有利に働きました。車や鉄道が発達していない時代、当時は船での運搬が主流でした。原料を九州から運び、小豆島で製造し製品化する、その製品を大消費地の関西へ運ぶ、そのような需要と供給の流れの中継地として小豆島が位置していたのです。また、小豆島では造船技術や操船する航海技術が平安時代から発達していました。

 第二に、小豆島では醤油づくりに欠かせない塩の製造が昔から盛んでした。海に囲まれた小豆島では、中世以前から製塩業が盛んで、特に元禄時代から寛政時代の約100年間(1700年頃から1800年頃)には最盛期を迎えていました。赤穂浪士の討ち入り、いわゆる元禄赤穂事件が起きたのもこの頃です。その後、赤穂の人達は小豆島に移住して塩の製造方法を広め、その結果、飛躍的に生産量が増加しました。江戸時代後期には塩は生産過剰となり、小豆島の塩業は衰退しますが、2011(平成23)年に40年ぶりに島の塩業を復活させた「波花堂」(蒲敏樹代表)が手作りの「御塩」を製造し、今も製品として販売しています。

 そして第三に、雨の少ない瀬戸内式気候が、小豆島の醤油づくりに適しています。小豆島の気候は、1年をとおして雨が少なく、温暖で空気が乾燥しています。瀬戸内式気候の小豆島では、年間平均気温は15.3度、年間日照時間は2086.6時間です。これらの数字を東京都、札幌市、那覇市の数字と比べると130時間から310時間も長く、小豆島では年間を通して晴れの日がいかに多いかがわかります。雨が少なく、温暖で乾燥した空気が醤油の発酵を促し、小豆島の良質な醤油を生み出しています。

 1980年代半ば頃から日本の観光において、従来の「みる」観光にたいして「する」観光、つまり体験型観光が新たに注目されています。小豆島の醤油会社では、蔵人が醤油蔵を案内したり、観光客が醤油ブレンドをしたりする体験型観光が提供されています。これは、小豆島でしかできない非日常な体験です。

 小豆島の醤油づくりの特長は、杉の木を使用した木桶製造です。全国の醤油会社の持つ木桶のうち1/3にあたる約1,000個の木桶が小豆島にあり、産業と観光の融合が地域の魅力を再発見することに繋がっています。小豆島には、たとえば日本の国立公園指定第一号であり、日本三大渓谷美といわれる「寒霞渓」などのように、すばらしい「みる」観光のスポットが多くありますが、島の伝統的産業を観光対象とする「する」観光にも多くの魅力が探りだされるのです。

 今回紹介した「島の産業 醤油製造」については、小豆島醤油協同組合ホームページ「小豆島醤油の歩み」や香川県水資源対策課のホームページなどを参照しています。詳細については、それらもご覧ください。

*小豆島で唯一の製塩業を行う「波花堂」の蒲敏樹代表の塩づくりの様子。
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