せとうち観光専門職短期大学 せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


石床 渉

独自の発展を遂げた「島の自然」 屋形崎夕陽の丘

 前回(第9回)の観光Web講義では「島の自然」と題し、小豆島の代表的なスポットである寒霞渓の魅力ある自然を、どのようにして地域の人たちが保全してきたのかをみてきました。今回(第10回)は小豆島の北部にある、屋形崎夕陽の丘にスポットをあて、景観の再生に向けた活動が観光に与えた影響や、活動から派生した地域の活性化について解説します。

 まず屋形崎夕陽の丘の場所と立地上の特徴を説明します。

 屋形崎夕陽の丘は、小豆島の玄関口である土庄港(とのしょう)から車で約20分のところにある、その名のとおり夕陽の美しい場所です。小豆島は島の形から「子犬」に例えられることが多いのですが、屋形崎夕陽の丘は丁度、子犬の「肩」の部分にあります。また道の駅小豆島オリーブ公園など観光スポットの多くが島の南部にあるのに対し、屋形崎夕陽の丘は島の北部に位置しています。海抜約70メートルにある屋形崎夕陽の丘は、目の前に美しい瀬戸内海、対岸正面に岡山県牛窓、右方面に播州赤穂、左方面に岡山県児島を望み、まさに一目で遠くまで見渡すことができる「一望千頃」の立地にあると言えます。特に3月下旬から11月中旬までは日没位置が北東となるため、陽光が海面に輝き美しく、近年はインスタ映えするスポットとして地元住民や観光客の注目を集めています。さらに展望台の下には、2町5反(約25,000平方メートル)の傾斜地を石積みによって段状にした、広大な段々畑が広がっています。

 穏やかな瀬戸内海と美しい夕陽が一望でき、長閑な日本の原風景が残る屋形崎夕陽の丘は、訪れる人の心を癒す絶景スポットとなっています。またSNSなどをとおして広く認知されたことにより、これまで島の南部の観光スポットのみを訪れていた観光客が、さらに北部へも訪れ、島内を広く周遊するようになりました。そして周遊エリアの拡大は、小豆島における観光客の滞在時間の延長につながったと言えます。

 このように小豆島のなかでも有数の絶景スポットである屋形崎夕陽の丘は、これまで映画やテレビ番組のロケ地にもなりました。なかでも代表的な作品は1954(昭和29)年に全国公開された映画「二十四の瞳」です。映画「二十四の瞳」は戦争という歴史のうねりに耐えながらも絆を育む、先生と12人の子供たちの心の交流を描いた、小豆島出身の小説家・壺井栄のベストセラーを映画化したものです。また当時の「キネマ旬報ベストテン」で第1位になるなど、多くの人に感動を与え、不朽の名作として後世に語り継がれています。

 屋形崎夕陽の丘をはじめとする小豆島の魅力ある風景が映像に収められ、映画が記録的なヒットとなったことは、島民が地域の持つ素晴らしさを再認識するきっかけになりました。

 しかし屋形崎夕陽の丘は、高度経済成長期後半の1965(昭和40)年頃から、景気の隆盛とは逆に荒廃への道を辿ることとなります。戦前からの専業農家は高度経済成長期に入り、労働時間が定められ、しかも安定した収入を得ることができる職種に移行していきました。つまり屋形崎夕陽の丘が荒廃した大きな原因は農業放棄でした。そして農業放棄により手つかずとなった段々畑は、高さ数十メートルの木々が海を望む景観を遮り、雑木や雑草が蔓延る鬱蒼とした雑木林に変貌しました。

 このような荒廃した状態が長く続いてきた屋形崎夕陽の丘でしたが、近年、地元住民による景観再生への動きが始まりました。

 2015(平成27)年7月、「美しい風景と豊かな人情を100年後の子孫に今以上にして返し遺す。絶景の夕陽、きれいな海と空、自然の恵み、先人が守り育んできたこの財産を未来の子孫に返し遺してゆく。」ことを運営理念とした「屋形崎夕陽の丘継承会」が創設されます。会員は地元屋形崎地区の住民42名で構成し、年齢は30歳代から80歳代までと幅広く、また職業は個人事業主や会社員など様々です。まず活動として、海を望む景観を遮っていた雑木の伐採や段々畑の整地を行い、2015(平成27)年に展望台を設置しました。その後、2016(平成28)年には地元の幼稚園児や小学生とともに、段々畑にアンズの苗木200本とレモンの苗木200本を植樹し、2年後には約20キログラムの実を収穫しました。また展望台の近くには、春は菜の花、夏はヒマワリ、秋はコスモスと四季折々の花を育て、訪れる人を楽しませています。会員は現在も年間をとおして定期的に集まり、雑草の除去や段々畑の整地などを行っています。

 これらの作業に対する会員への報酬は発生しません。しかし地域の持つ潜在的な魅力の再生に努める地道なボランティア活動や、次代を担う子供たちとの協働作業によって、屋形崎夕陽の丘はかつての美しい風景を取り戻し、訪れる人たちに癒しを与えるようになりました。

 地方と都市の格差が広がるなかで、地方(地域)の活性化のために先ず大切なことは、その地にしかない優れた資源を地域の人が見つけ、磨きをかけることです。屋形崎夕陽の丘の風景は、地域の人たちの誇りであり、その誇りは地域で暮らす人たちの自信になっています。そして次に大切なことは、作業をとおして会員間のコミュニケーションが活発になり、地域が賑わいを取り戻すことです。実際に屋形崎夕陽の丘継承会の活動は派生して、地域住民の連帯感を生みだし、秋祭りや運動会などの行事は、これまで以上の盛況を見るようになりました。 植樹や実を収穫することは活動のなかで重要な作業です。しかし地域の活性化において、更に重要なことは作業という活動プロセスから生まれる、良好なコミュニケーションの構築です。これからも屋形崎夕陽の丘継承会の活動は、営利や個人の名声のためではなく、運営理念に基づいた活動をとおして地域資源に磨きをかけ、確固たる地域創生となるよう期待したいと思います。

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