競馬①―愛情と冷徹さの共在
今回から2回続けて、競馬を取り上げます。競馬をめぐる人々の動物観は、動物に対する愛情と冷徹さが共在しており、非常に興味深いものです。連載8回目となる今回は、競走馬の生産者ではなく、競馬を楽しむ「消費者」の目線から、私たちがいかに競走馬を見ているのかを考えてみます。
まず簡単に近代競馬の歴史を振り返ります。近代競馬は、17世紀のイギリスに始まりました。楠瀬によると、当時の競馬では1レース5000〜6000mの長距離を、同じ馬が1日に3〜4回繰り返して走っていたそうです(楠瀬良, 2009,「競走馬の世界」『ヒトと動物の関係学〈第2巻〉家畜の文化』岩波書店)。現在の日本の中央競馬で最も距離が長いレースは、障害競走で中山グランドジャンプの4250m、平地競争でステイヤーズステークスの3600mですから、当時の競馬は馬にとってかなり過酷なものであったことが想像できます。
近代競馬が日本に伝わったのは幕末、開港したばかりの横浜でのことでした。外国人居留区に住むイギリス人が中心となって、横浜の元町付近で開催したのがはじまりです。次第に日本人の参加も認められるようになり、明治13(1880)年に発足した日本レースクラブには宮家や有力政治家たちが名を連ねるほどになりました。その後、日清・日露戦争を経て国産軍馬の未熟さを認識した政府は、競馬を使って馬匹改良に乗り出します。現在多くの人が楽しむ競馬には、一時期、優秀な軍馬の生産という別の目的もあったのです。競馬から軍馬生産の目的が無くなったのは第二次世界大戦後で、現在競馬はスポーツ的要素とギャンブル的要素を含む娯楽の一つとして捉えられています。
競馬の楽しみ方はさまざまですが、競馬ファンの中には馬そのものに魅せられている人も少なくないでしょう。競馬場には、走る馬の美しい姿に魅了され、大きなカメラを携えて来場している人もいます。また、たとえ馬券を購入していなくても、海外のレースにはるばる参戦しに行く日本馬を応援するファンも多くいます。自分の馬券の予想さえ当たれば馬はどうでもよいというのではなく、多くの競馬ファンには馬という動物そのものに対して多かれ少なかれ愛着があることが見て取れます。
ただし、競走馬を応援したり、競走馬に夢を託したり、力強く走る姿に憧れる人が多くいる一方、競走馬の一生の幸せを願い、そのために行動に移す人はあまり多くはありません。競馬は競走馬にとって厳しい世界です。毎年、競走馬は約7000頭生産されていますが、活躍し続けられる馬はほんの一握りです。レースでよい成績を残せない馬は、すぐに引退を余儀なくされます。引退後に種牡馬・繁殖牝馬、あるいは乗馬など「第二の人生」を歩める馬は、活躍した馬のなかでもごく一部しかいません。「第二の人生」を歩めない馬、つまり競走馬のほとんどは、食肉加工などのために殺処分される現実が待っています。
また、競走馬は速く走ることを目的に改良を繰り返されており、足に負担がかかるために怪我をしやすいといわれています。レース中にケガをして、予後不良と診断され、安楽死処置を取られる場合もあります。
競馬ファンであればあるほど、引退後の行く末についての話を聞いたり、予後不良となった馬についての話を聞いたりする機会は増えるでしょう。それについて「残念だ」「かわいそうに」と思う人も少なくないでしょうが、だからといって、競馬の実施そのものについて反対したり、競走馬の行く末について抗議運動を起こしたりするファンはほとんどいません。
競走馬について、かっこいい、頑張ってほしい、応援したい、愛らしいといった感情を抱くことと、その競走馬を待つ厳しい現実について「そういうものだ」と納得する、あるいはまるで目をそらすかのように蓋をする行為は、一見動物に対する愛情と冷徹さという点で矛盾しているようですが、一人の人間の中で両立しうるものであることを競馬は示しています。愛すべき存在だから殺処分には抗議する、どうせ家畜なのだから全く愛情が湧かない、といったある種一貫した姿勢だけではなく、愛情を持っているけれども殺処分は仕方がないと思って目をそらす、心の底から応援はするけれども、その馬の引退後については興味をなくす、というのは人間の感情や行為として十分にあり得るのです。
今回は、競走馬を競馬ファンがどのように見ているのかを考えました。昨今では、引退馬の次のキャリアを支援するプロジェクトが立ち上がるなど、新たな動きも始まっています。競走馬に対する動物観の研究は未だ蓄積が多いとはいえず、今後の調査を待たれる分野です。