せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


田保 顕

「くらしと観光」をテーマに何を考えるか

前回は、「くらしと観光」をテーマとするに際して、取り上げてみたい「くらし」をいくつか挙げてみた。今回は、これらの「くらし」と観光とを関連づけながら、どのようなことを考えてみたいか述べていきたい。

1つは、他者の「くらし」が観光対象になることの不思議である。他者の「くらし」が自分のそれとは異なるから興味を抱く、ということは容易に想像できる。しかし、単に異なるだけでは複数の観光者を惹きつける要因にはならない。「観光のまなざし」(J. アーリ)が向けられるからには、その「くらし」のありかたに「プラスα」が潜んでいるのではないか。それが何かを考えてみたい。

次に、観光が地域住民の「くらし」に与えるインパクトである。新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行により入国規制が緩和され、訪日外客が増加していることから、京都など有名観光地でのオーバーツーリズムが再び話題となっている。これは観光によって人々の「くらし」が圧迫される例である。一方で現在、様々な地域で観光振興が試みられており、地域の活性化に観光は欠かせないものとなっている。「くらし」と観光がバランスよく並び立つ状況はいかにして可能なのか。そんなことも考えてみたい。

もう1つ、観光と移住についてである。その土地での人々の「くらし」のありかたや、そこで「くらす」ことそのものに観光者が魅せられ、リピートしているうちにその土地の住民になることを決意する人がいる。近年、地方自治体が移住希望者に住居を紹介したり、「お試し住宅」を提供することで「お試し移住」体験プログラムを推進したりしている。また、ゲストハウスやレジデンス・ホテルに長期滞在することで「くらす」ように観光するのを好む人々もいる。観光は観光目的地となる地域コミュニティへの移住をどの程度促すか。そうしたことも考えてみたい。

最後に、職業生活と観光についてである。観光業は年間を通して一定程度の安定した収入を見込むことが難しく、そこで働く人々の雇用形態も不安定なものになりがちである。災害やテロ活動、今回のような感染症拡大など、不測の事態が観光者減少の原因となり、観光そのものが立ち行かなくなることもある。一方で、観光業者に限らず人々の労働環境が改善され、より多くの可処分所得と、より長期の休暇が確保でき、しかも観光旅行に出かけることが社会的に容認・推奨されるようにならなければ、観光どころではない。どうすればより多くの人々が観光を楽しむことができ、また、観光で「飯を食っていく」ことができるようになるか。もし余裕があればこうしたことも考えてみたい。

以上、4つの論点を挙げてみた。これらをアレコレ考えるうちに、「観光地となっている地域の人々が普段通りの生活を続けること(しかも、それが可能な環境が保たれていること)がそのまま観光振興につながる」方法の一端でも垣間見られれば、と思っている。広げた風呂敷は大きいが、「大山鳴動して鼠一匹」とならぬようネタを集めてくるので、皆様にもおつき合い願いたい。

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