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観光Web講義


田保 顕

付加価値の高い「くらし」?

令和5年度の『観光白書』では、観光地や観光産業の「稼ぐ力」の強化をテーマに現状分析が行われている。「稼ぐ力」は付加価値額で示されているという考えから、観光地や観光産業の再生や高付加価値化、観光DX推進などに取り組んできた地域を事例に取りあげ、付加価値を高めていく方針や展望を整理している。

その第 I 部第3章で、群馬県渋川市(伊香保温泉)、兵庫県豊岡市(城崎温泉)、宮城県気仙沼市の3ヶ所について統計データやヒヤリングの結果をもとに「稼ぐ力」の分析が行われているのであるが、その結論部分に以下のような記述がある。

ここで、観光地の「稼ぐ力」の「質」とは〔筆者:原文ママ〕、地域に根付いたコンテンツ、すなわち全国の地域が大切に守り承継してきた豊かな自然環境や風景、景観、文化や伝統・歴史、人々の生活や郷土料理、農林水産業や伝統工芸等の生業とその空間など、地域の住民にとって身近な日常の「暮らし」を反映することで向上させることが可能である。また、国内外の旅行者にとっても、こうした地域に根付いたコンテンツは、魅力的な非日常体験として価値が高まりつつある。

(国土交通省観光庁 2023:63-64)

整理しよう。第1文で表現されているのは、観光地の「稼ぐ力」の「質」は地域に根付いたコンテンツで向上させることが可能だ、ということである。「地域に根付いたコンテンツ」とは何か。それは、地域の住民にとって身近な日常の「暮らし」を反映したもののこと、と解釈できる。では、具体的にそれは何か。それは、地域が大切に守り承継してきた豊かな自然環境や風景、景観、文化や伝統・歴史、人々の生活や郷土料理、農林水産業や伝統工芸等の生業とその空間など、である。つまり、人々のくらしのあり様がよく表れているモノやコトには「稼ぐ力」を高めるポテンシャルがある、と言っているのである。

では、『観光白書』は地域の人々の「くらし」のどういった側面を強調しているのか。整理すると以下のようになる。

  1. 地域の人々にとって身近で日常的なものであること
  2. 地域の人々が大切に守り承継してきたものであること
  3. 国内外の観光者にとって非日常的で魅力的なものであること

1と3については、地域の人々の日常が観光者にとっての非日常、という観光現象が成立する基本的な前提条件を表しているとわかる。注目すべきは、2の「地域の人々が大切に守り承継してきたもの」という部分である。1の条件から、それは地域の人々にとって現在においても身近で日常的なものである。そしてそれは、過去より大切に守り伝えてきたものなのである。つまり、昔から現在に至るまで変わらず続けられてきた人々の営みを「くらし」と呼んでいるわけである。

その「くらし」がなぜ高い付加価値を生み出し、「稼ぐ力」を「向上」させることになるのだろう。それは都市住民にとって「失われた」ものであるからだ。都市生活は日々めまぐるしく変化する。「くらし」の変化は行動様式や価値観の変化をともない、それは人々の生活の質向上に資することもあるが、「くらし」の不安定要因ともなる。「くらし」の土台の不安定さは人々を疲弊させるであろう。だから、昔から受け継がれてきた伝統的なモノやコトに、都市住民は安定を求めるのである。つまり、観光者を主に輩出する都市の住民のノスタルジーが、「地域に根付いたコンテンツ」の高付加価値化の要因なのである。

近代化やそれに伴って起こる都市化はいわゆる都市においてのみ生じるものではない。近代化は地球上にあまねく広がっている。それは人々の「くらし」を根本から変えずにはおかない。近代化はそもそもが「伝統的な昔ながらの」くらしをくつがえす動きなのである。

そんな近代社会において、「伝統的なくらし」とはなにか。それは、観光者=都市住民が「伝統的」とまなざす視線と、地元住民が「自分たちが守り継いできたもの」とまなざす視線とが交わるところに生じるものである。近代社会においては観光者のみならず、地元住民も自らの「くらし」を観光のまなざしでまなざすことになる。観光地においていかに「自分たちのくらし」を守るかは、案外難問なのである。

文献
国土交通省観光庁編 2023『令和5年度 観光白書』(最終閲覧日2023年10月27日)

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