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観光Web講義


堀田 明美

接遇の実践-接遇の5原則「言葉遣い」

 今回は、接遇の基本5原則「挨拶・表情・身だしなみ・言葉遣い・態度」から「言葉遣い」についてです。第4回で示した1980年代出版の3冊の書籍、『人に会うって素晴らしい』(初版・第2版)、『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』で著された内容を基本に、関連文献も交えながら、現代とつながるような形式知へのヒントが見つかれば、という思いで綴っていきます。

 「言霊(ことだま)の幸(さき)はふ国」の表現は、万葉集に見られます。「言霊」という概念の中で暮らしている、日々の私たちの言葉遣いを考えます。言葉は、眼前の相手だけでなく、神仏への祈り、祖先・先祖への想いや祈り、動物や植物への言葉掛け、気持ちや心を通わせるため等、返事のないものにもつかわれます。

 言葉をセルフトークとして、長い間自分自身を鼓舞し続ける人もいます。東京2020パラリンピック日本選手団主将であり、車いすテニスで金メダルに輝いた国枝慎吾選手もその1人です。国枝選手のテニスラケットには、「オレは最強だ!」の言葉が書いてあることはよく知られています。上地結衣選手への応援と共に、テニス愛好家としてエールを送っています。今回の文章を打ち込んでいた、まさにその瞬間の金メダル・銀メダル・銅メダルでした。心からの祝福を捧げます。

 ここからは、対人、特に接客の言葉に関して見ていきます。『人に会うって素晴らしい』(1982年初版・1985年第2版)では、言葉遣いは、言葉「づかい」とひらがなで示されます。「言葉づかい」の項目は、日本語はとても難しい言葉だという一文から始まります。そのためにできることは、敬語の基本を本などから学び、あとは失敗を恐れず練習のみ、また「折にふれ、きれいな日本語をつかうの人の話を数多く聞くこと」 (日本航空客室乗員部編著1982,p.22) が効果的だとあります。日本語のみならず、外国語の習得に関しても同じことがいえそうです。接客時の話し方の注意点5つを列挙します。「①相手の心をくむ ②相手の反応を見ながら理解度に応じて ③断るときは依頼文に ④外来語・専門用語は極力避ける ⑤動作と言葉を一体に」 (日本航空客室乗員部編著1982,pp.24-25)(筆者が簡略化して列挙)です。続いて、機内で使う接客用語の15の基本の中で、現在でも様々な接客場面で使用でき、かつ丁寧な声掛けの例として10の用語を抜粋します。(初版・第2版p.26から10の用語を抜粋)

1.いらっしゃいませ

2.はい

3.どうぞ

4.はい、ただいま参ります

5.恐れ入りますが

6.失礼いたします

7.お待たせいたしました

   [中略]

9.かしこまりました

   [中略]

14.ありがとうございます

15.おかげさまで

(日本航空客室訓練部編著(1982初版・1985第2版)『人に会うって素晴らしい-接客応対の基本-』日本航空株式会社 p.26から10の用語を抜粋)

 2「はい」、4「はい、ただいま参ります」は、接客用語としての「はい」です。この「はい」に関して、徳川義親『日常禮法の心得』(實業之日本社 1939年)第3章「言葉遣ひ」の中では、日常生活の中での母親や兄からの呼びかけに「ハイ」(原文のままカタカナで記載)と答える場面が、図絵入りで丁寧に紹介されています。また、徳川は「言葉遣ひ」は3段の別で考えられるとし、目上の人・同輩・同輩以下に分けています。目下への言葉が決してぞんざいでいいという意味ではないと断わった上で、「目上の人から言葉を掛けられた場合に、「ハイ」といふ言葉がすぐに出なければいけない。」(徳川 1939,pp.40-41)としています。「はい」という言葉は、2文字だけの言葉ですが、声に発するかどうかで、その場の関係性に影響を及ぼすこともあります。5つ目に「恐れ入りますが」という言葉があります。つい「すみません」を多用しがちです。「恐れ入ります」と言い換えができる場面も多くあります。9の「かしこまりました」は、「了解です」「わかりました」等をよく耳にします。「かしこまりました」もしくは「はい、かしこまりました」とすることで、余裕や奥行きのある印象に近づきます。そこから、14.15の「ありがとうございます」「おかげさまで」などと続ければ、語彙力を増やす工夫にもつながります。

 『JALスチュワーデスのいきいきマナー講座』では、「言葉は心の遣い」とし、言葉「遣い」と漢字で表記されます。用例に関してpp.56-61から「」内で引用します。プラスの心理変化を招くポイントとし、言葉遣いの3原則は、「①明るく ②易しく・優しく ③美しく」 (JALコーディネーションサービス編著 1989,p.56 ) とあります。②の「優しく」のために、たった1言、1字にも注意深くとし、「字じょうずね→字じょうずね、コーヒーいいわ→コーヒーいいわ、その服わりといいわね→その服いいわね」(JALコーディネーションサービス編著 1989,pp.56-61 )(太字は筆者が加工)の実例を示しています。「できません、わかりません、ありません」等の否定文は、「あと一時間後ならできます、わかりかねます、すぐ調べて参ります・こちらではいかがでしょうか」( JALコーディネーションサービス編著 1989,p.61 ) のように肯定文や代案を出すこととしています。また、命令文を依頼文にするには、「コーヒー!」のひと言を「コーヒー入れてもらえるかな」 ( JALコーディネーションサービス編著 1989,p.61 ) とします。なかなかすぐに口に出せない「ハイ」という2文字、言葉を少し足すこと、たった1字の「で」と「が」の違いの認識等々、難しい日本語への距離は、優しい気持ちと易しい表現で少しでも縮められそうです。

 現在のこうした日本語は、そもそもどのように母語としてつかわれ、語られるようになったのでしょう。主に書き言葉からの視点ですが、日本語と大学のかかわり、日本語での思考、日本語の存続に関し、水村美苗の興味深い論考があります。自身の多文化・多言語を背景とした経歴からの著書『増補 日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』(ちくま文庫 2015年)より引用します。「日本語で学問ができるようになったということは、何よりもまず、日本の大学が、大きな翻訳機関、そして翻訳者養成所として機能するようになったことを意味し[中略]近代日本を特徴づける知識人―西洋語で読み、しかしながら、西洋語では書かずに日本語という〈国語〉で書く知識人」 (水村 2015,pp.251-252) がいた歴史を論じています。 近代日本で、こうした知識人が西洋の三大国語である英語、フランス語、ドイツ語を教え、二重言語者を翻訳者として育て、その彼らが日本語に翻訳できたことで、近代日本の新しい国語をつくりだし、近代日本文学を可能にしたのだと述べます(水村 2015)。その日本近代文学に関し「日本にはやばやと〈国語〉が成立するのを可能にした歴史的条件」の1つに、「近代に入って、西洋列強の植民地にならずに済んだこと」 (水村 2015,p.249) も挙げています。日本語の書き言葉が、ローマ字や英語にならず今日まで残っているということです。

 「コーヒー(が・で)いいわ」という違いがわかることなどから始まり、日本語という文化(資本・資産)を真摯に引き継ぐことの意味を考える時、「英語の世紀の中で」話し言葉として日本語を遣うという「言葉遣い」もまた、水村の言葉にあった書き言葉としての「日本の知的風景」と共にあるものでしょう。

 最後に、英語の世紀以前の言葉遣いについてです。唐木順三『良寛』(筑摩書房1971年)「戒語」から、著者が最初の1群5つのみを現代語にしたものを、自戒も込め引用します。唐木が貞心尼『蓮の露』によった「良寛禅師戒語」では、90ヶ条あるようです。「ことばが多い、早口、問われないのに自分から語る、口をはさむ、てがら話をする」。(唐木 1971,p.167 )(筆者が現代語で記述)良寛の「戒語」、道元の「愛語」、慈悲ある日本語と美しい言葉遣いの行き先は、英語の世紀をも超える計り知れない距離に続くものでありましょう。

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