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観光Web講義


堀田 明美

航空会社の「もてなし」

 航空会社のもてなしに関し、今回は接客現場の最前線とも言える空港のグランドスタッフと、客室乗務員について考えてみます。

 井上泰日子『[第3版]最新 航空事業論 エアライン・ビジネスの未来像』(令和元(2019)年)では、サービス産業志望者にとっての重要な要素として、エアラインのグランドスタッフと客室乗務員について、それぞれ次のような具体的な資質を挙げています。なおこれらの資質は、大手航空会社の複数の社員、管理職、指導教官経験者からのアドバイスをまとめたもので、特定の航空会社のものではないとあります。

 まずグランドスタッフは、①タイムマネジメント ②信頼感があり相談しやすい ③マルチタスク ④判断力と行動力 ⑤チームワーク ⑥明るく前向きで強い意志を持っている ⑦業務知識をいつも学んでいる、の7つです。グランドスタッフは、次へと仕事を引き継ぐことが多く、空港で働く全スタッフとのチームワークはもちろん、確実に仕事を引き継げるという丁寧な仕事をしつつ、業務知識を常にアップデートする必要性を指摘しています。

 次に客室乗務員については、①洞察力・創造力 ②人が好きで、人の興味を持ち、気づきがあり、そして行動できる ③人間関係の潤滑油としてスモールトークができる ④会話力 ⑤健康で明るい ⑥協調性・チームワーク ⑦自己管理力 ⑧仕事を組み立てる力 ⑨料理やワインの知識 そして⑩に保安要員としての役割を挙げ、それは最も大切なことだとしています。客室乗務員である前に保安要員である重要性は、すべてのフライトですべてのクルーが深く共有しています。

 井上は、乗務員による機内での「究極のサービス」は、天性の才能と、厳しい訓練で作り上げたプロの仕事の2つが合わさることとしていますが、ここでは「究極のサービス」という言葉が使われています。

 その「サービス」の言葉に対し、昭和57(1982)年、日本航空客室訓練部編集で出版された『人に会うって素晴らしい』の「あとがき」に、「『HOPSPITALITY』とか『SINCERITY』といった言葉をよく耳にします」とあり、「Hospitality」の言葉が既に英語でそのまま記載されています。「人を思いやる心や誠実さ」の意味で使われ、心がこもっていることで感動を受けると記されています。また、この書籍の目的は、そうした心のこもった接客のためのエチケットやマナーを書き表したとあります。1980年代に、接客に関する英語として「Hospitality」の言葉が見られ、そのまま書籍内「あとがき」で使われていたことがわかります。しかし「Hospitality」とはあるものの、筆者31年間の乗務の現場(1978~2008)では、「もてなし」・「おもてなし」・「ホスピタリティ」などの言葉は、乗務前後のブリーフィング(天候、サービスプラン、往復フライト全般の報告などに関する情報共有のミーティング)に使われることはほとんどありませんでした。「本日のサービスの流れは」、「スペシャルミールサービスは」、「~の方へのサービスは」というように、仕事内容の詳細をどのようにオペレ―ションするかという意味で「サービス」の言葉が使われていました。

 山口誠は、『客室乗務員の誕生』(令和2(2020)年)で、航空会社でホスピタリティの言葉が使われたのは、『キャビンアテンダントのおもてなし―ANAに学ぶマナー術―(表紙英訳タイトル:Hospitality cabin attendant style)』(平成21(2009)年)というこの書籍タイトルによること、また「キャビンアテンダント」という和製英語と「おもてなし」が結び付けられた最初の書籍であることも指摘しています。正解のないキャビンアテンダントの仕事の中で、目指しているおもてなしの6つのSを章立ての内容として、Smile(笑顔)・Smart(洗練)・Speedy(迅速)・Sincerity(思いやり)・Study(学習)・Speciality(プロであること)が挙げられています。「ホスピタリティ」の言葉は、表紙タイトル以外、内容には見当たりませんが、航空会社で「おもてなし」がイコール「hospitality」として使われたのは、この書籍の出版年からではないかと思われます。

 「おもてなし」=「ホスピタリティ」がセットとなり認識され始めてから約10年後の2018年、中村真典が著した『元CA訓練部長が書いた日本で一番優しく、ふかく、おもしろいホスピタリティの本』(平成30(2018)年)の「まえがき」では、大事なのはホスピタリティという言葉そのものでなく、お客様を最優先に心を配ってサービスすることで、「ホスピタリティ」と呼ぼうが「おもてなし」と呼ぼうが枝葉末節の問題だとあります。中村は、「サービス」→「CS(Customer‘s Satisfaction・顧客満足)」→「ホスピタリティ」の流れに沿って、その心である「ホスピタリティ・マインド」を、理論からではなく具体的なエピソードを用い、分かり易く綴っています。

 本稿第3回では、ホスピタリティとサービスの言葉の違いに関して、個別対応を重視するホスピタリティと、全体への平等を重んじるサービスとの言説の違いを3点挙げました。一人一人の個別対応重視で、その一歩先の心のサービスをきめ細かく対応する、つまりそれがホスピタリティと同義であることが、2009年頃からの10年程で徐々に確立されたと言えます。

 また、サービス従事者の労働に関する考察として、学際的な見地も生まれてきました。A・Rホックシールドは、1982年、THE MANAGED HEART : COMMERCIALIZATION OG HUMAN FEELING (日本語訳タイトル『管理される心』(平成12(2000)年)で、社会学的知見による「感情労働」という言説を示しました。ホックシールドの「感情労働(emotional labor)」の定義は、「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行う感情の管理」とされ、感情労働は賃金と引き換えに売られ、交換価値を有するとしています。肉体労働・頭脳労働・感情労働という労働のカテゴリー化や、現代のサービス従事者に符号する労働として、自身の感情を商品化していく意味づけがされています。

 ホックシールドが根拠としたのは、アメリカのデルタ航空の客室乗務員への調査研究ですが、1980年代初頭ほとんど同じ時期に、日本の航空会社の現場で客室乗務員であった筆者にとっては、当時も現在においても、こうした感情労働の定義や提唱には、少なからず違和感を抱きます。航空会社のサービスに関わる日米の学問的分析や、感情労働以前の労働そのものに対する認識の隔たりという問題もありそうです。デルタ航空に関して当時の世界の航空会社間では、1980年代初頭デルタ航空が経営不振に陥った時に、全社員で飛行機を会社にプレゼントするというエピソードを持つ格別な会社、という認識が共有されていたことも覚えています。

 山口誠は、『客室乗務員の誕生』(令和2(2020)年)において、「感情労働」の危険性にも触れつつ、日本の「おもてなし」は欧米のhospitalityとは異なり、特有の水準と理論があるとしています。日本の「おもてなし」の実践は、「感情の資源化と動員を求める傾向」を示し、より多くの資質や上位の職を求めるためではなく、より高度な人格のための上質な「気づき」や「自分磨き(自己研鑽)」として「自分を豊かに」するためのものであると分析しています。それは、感情の商品化ではなく「非商品化」であり、日本の客室乗務員の遺産を相続した「レガシー」として、「感情労働」に対し「品格労働」の言葉を使っています。

 日本の「おもてなし」の本質は、「もてなし」から発しており、本稿第1回で示した意味として、自分自身への教養や身のこなしに通じるものであるからでしょう。ホスピタリティやおもてなしの言葉の前に、もてなしの精神があり、そうしたことはことさら言説として言挙げしなくとも、暗黙知として日本人が緩やかに共有し既に備えている「ならでは」のものであるとも考えられます。客室乗務員として、そうしたことも含め、「日本のエアラインならでは」だと思う仲間たちと、フライトしてきた日々を思い返しています。

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