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せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


谷崎 友紀

おわりに

 これまで、旅と観光の歴史について、旅が盛んとなった江戸時代を中心にさまざまな事例を紹介してきました。自由に娯楽的な旅することを禁じられていた江戸時代の人々が、実際は伊勢参宮を建前とした楽しみのための旅をしていたこと、出版されていた案内記(ガイドブック)、旅の主要な目的地のひとつであった京都における旅人の行動など、江戸時代の旅や名所見物の様子が少しでも伝わっていればと思います。

 日本の旅の歴史は、ヨーロッパのそれと比べてみても特徴的なものだといえます。ヨーロッパの旅の歴史をみると、何度か旅が盛んとなっています。例えば、だいぶ時代が遡りますが、古代ローマの時代には郵便・駅伝制度がつくられ、道路が整備されました。この時代は治安も維持されており、多くの人々が巡礼や観光の旅に出ました。ただし、この時期に旅をしていたのは富裕層の人々に限定されていたようです。

 時代が下った中世ヨーロッパでは、巡礼の旅が流行し、人々はサンティアゴ・デ・コンポステラやエルサレムなどの聖地巡礼へと旅立ちました。この巡礼には、富裕層だけではなく庶民の人々も参加したようです。ただし、巡礼の目的は、病気平癒が多く、旅も苦難を伴うものでした。旅自体は盛んであったようですが、あまり楽しいものではなかったと思われます。

 19世紀になると、鉄道の開通により移動の時間は格段に短くなり、移動をすることが容易となります。この鉄道を利用して団体旅行を企画したのが、トマス・クックでした。当時の労働者は、過酷な労働環境に置かれていました。その憂さを晴らす手段となったのが飲酒であり、多くの人々は酒に溺れ、それは社会問題となっていました。クックは禁酒運動をおこない、その一環として鉄道を貸し切った団体旅行を企画したのです。この試みは成功し、その後、彼は旅行業を立ち上げました。クックが、初めて他人のために旅行を企画・実施した人物だといわれています。

 旅行業ではありませんが、日本では伊勢の御師(おんし)が伊勢における旅人の宿泊、飲食、見物をまとめてコーディネートしていました。これまでみてきたように、伊勢参宮の主体は日本各地の農民であり、彼らは伊勢参宮を建前とした娯楽的な旅をしていました。19世紀以前の段階で、特権階級ではない人々が自由に楽しみのための旅をしていたという実態があり、それを後押しするような社会のシステムや商いがあったということは、観光史における日本の大きな特徴だといえます。

 現代の観光現象について知るために江戸時代まで遡るということは、少し回り道のように思えるかもしれません。しかし、娯楽的な旅が盛んとなった江戸時代について知り、旅や観光旅行が発展してきた過程や、過去と現在の共通点と相違点を検討することで、現在の観光についてより深く理解することができるのではないでしょうか。とくに、伊勢や京都、大坂、奈良、金毘羅参詣といった江戸時代から人々が訪れていた場所や、そこにおける旅人の行動や考えを知ることは、非常に重要です。

 今後は、もう少し焦点を絞って、讃岐国(香川県)の金毘羅参詣についてみていきたいと思います。

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