持続可能な観光によるSDGs再考 | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

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観光Web講義


安村 克己

持続可能な観光によるSDGs再考

 今回は、持続可能な開発目標(以下SDGsの問題点を、持続可能な観光(以下ST)を手がかりとして炙りだし、STから持続可能な世界の真のあり方を探ってみます。

 まず<SDGs観光がどのように取りあげられているか>を見てみましょう。観光は、本講座第8回に紹介したように、2002年のヨハネスブルグ・サミットいらい持続可能な開発(以下SD)の議論で一目をおかれてきました。エコツーリズムSDの成功事例として評価されたのでした。その後、エコツーリズムの形態だけでなく、地域社会の持続可能性を実現するようなSTのいくつかの形態が報告され、注目されています。

 そして、SDGsにも、前回に紹介したとおり、STの言葉が4箇所みられます(4つ目はただの観光(tourism)という語)。その箇所だけを取り出すと、次の通りです(訳は本講筆者、また太字も筆者)。

 「世界を変革する 持続可能な開発のための2030アジェンダ(2015年9月 国連総会)

 新アジェンダ(The new Agenda)

33. 我々は、社会的・経済的開発が地球の自然資源の持続可能な管理に左右されるとみなす。……我々はまた、持続可能な観光を促進し、水不足や水汚染に取り組み、砂漠化や砂塵嵐や土壌劣化や干魃の援助を強化し、レジリエンスや災害リスク削減を促進することも決意する。

 目標8. 一貫した、包括的・持続可能な経済成長、完全かつ生産的な雇用、全ての人びとの適正な仕事を促進する

8.9 2030年までに、仕事を生みだし、地域の文化と産品を活性化する持続可能な観光の促進にむけた政策を考案し履行する。

 目標12.持続可能な消費と生産パターンを確保する

12.b 仕事を生みだし、地域の文化と産品を活性化する持続可能な観光について、持続可能な開発への影響度のモニター手法を開発し実施する。

 目標14.持続可能な開発にむけて、大洋や海洋資源を保全し、持続可能に利用する

14.7 2030年までに、海洋資源の持続可能な活用から、漁業や水産養殖や観光までも含めて、小島嶼発展国や後発開発途上国に経済的収益を増大させる。

 上の引用をざっとみても、SDGsについていろいろな疑問が思い浮かびます。まず、SDGsで掲げられたほとんどの目標は、克服されるべき課題の列挙にすぎないのではないか? それらは持続可能な世界の達成にいたる目標といえるのか? また、STはたしかにSDの実践に役立ちそうだけれど、SDの目標は何であり、STはどのように実践されるのか? そんな疑問が私の頭に浮かびます。

 さらに、根本的な問題をいえば、前回お話ししたように、開発持続可能なという言葉をかぶせたところで、開発や経済成長の持続によって、真の持続可能な世界に到達できるのか? 持続可能な世界とは、ホセ・ムヒカが疑問を投げかけたように(第9回)、先進国の消費社会を世界全体に拡大することなのか? 貧困や飢餓の解消、あらゆる平等の達成、安全や安心の確保、自然環境の保全といった課題はとても大切だが、それらの課題を解決する実践の目標が、SDGsに明確に示されているとは思えません。

 STSDGsを実践する課題については、UNWTO国連世界観光機関)も、17のSDGsのそれぞれについて、STの役割や有効性を掲げています。それは、UNWTOのWebサイトに掲載されています。そのWebページ“JOIN US ON THE 2030 JOURNEY TOURISM for SDGS”をご覧ください(URL: https://www.unwto.org/tourism4sdgs)。このようにSDGsSTも、なにかピンときません。

 次に、STによる実質的な持続可能性の実践をみてみます。大衆観光にかわる新たな観光としての実質的STは、第6回から第8回でお話ししたように、持続可能な開発SD)という言葉が周知される以前から、観光と地域社会の持続可能性を実現していました。振り返ります。

 UNWTOは、1980年代後半から大衆観光にかわる新たな観光のあり方を主導して、21世紀初めからSTによる地域振興の実践に貢献しました。たとえば、2002年から、ST-EP (Sustainable Tourism – Eliminating Poverty)プログラムを実施し、アフリカなどで観光による持続可能なコミュニティの構築に取り組みました。これは持続可能性のかなり実質的な効果をあげたといえます。ところが、近頃では、UNWTOがかつて実践した実質的な持続可能性の成果を忘れ、国連の曖昧なSDの方針に追従してしまったかのようです。

 とはいえ、実質的なSTの実践は、UNWTOとは別に、1980年代初めに世界各地で、とくに先進国の周辺地域、つまり農山漁村などで、ほぼ同時期に自然発生的に出現した地域振興にみられる、と私は考えています。それは、地域住民が主体となって実践する持続可能な観光と地域の振興です。たとえば、ヨーロッパでは、コミュニティ中心の観光開発community-based tourism development)とよばれました。また、日本の観光まちづくりも、その典型的な事例です。

 ただし、持続可能な観光と地域を振興した実践者の地域住民には、実践にあたってSTという考え方がありませんでした。後付けで、持続可能性の考え方を理解したケースもありますが、その地域振興の実践は1980年代初めにスタートしたのですから、そもそも持続可能な観光ST)の言葉が当初にはなく、意識しなかったのも当然です。その地域住民は、STを意図せずに、独自にSTによる地域の振興を実践したのです。それでも、その多くの実践者は、都市化や近代化に対抗する地域振興のあり方を追求する気持ちをもっていました。

 このように自然発生的に出現した持続可能な地域観光sustainable regional tourism)をSDGsの疑問SDの曖昧さを問い直す手がかりとするため、その持続可能な地域観光の実践の現実を考えてみます。

 私が考えた、STが築く持続可能な地域社会の構図は、図1のようにイメージされます。それと比較して、現在の近代社会や都市社会の構成をイメージすると、図2のようになります。

図1.観光まちづくりが築く地域社会の構図
図2.持続不可能な社会の構図

 図1で表わされているポイントは、次の3点です。

・ STによる地域振興を実践した地域社会は、農山漁村のように、自然の基盤のうえに成り立っている。

・ 社会の4つの構成要因として① 経済、② 社会関係、③ 文化、④ 人間生態系(人間と自然が共生する、たとえば里山のような生態系)が、バランスよく均衡して相互に結びついている(□の大きさは、とりあえず、それぞれの社会構成要因が社会や人に及ぼす影響度の大きさと考えてください。)

・ 観光まちづくりの実践は、とくにSTを通して、地域の経済を活性化し、② 社会関係を強化し、③ 文化を保存、再構成、創造し、そして④ 人間生態系を保護、再生、創出する役割を果たす。

 他方で、図2については、大多数の人が暮らす都市社会、つまり高度に近代化した現代社会を思い浮かべてください。図1と比較すると、社会の構成要因としての経済の肥大化が目立ちます。商品経済とは、人の欲求や欲望の対象がほぼすべて、商品として売買されるような経済です。

 このように、STによる地域振興は、地域の経済だけを活性化する開発ではなく、地域の経済とともに社会関係文化人間生態系も活性化して、それらをバランスよくつなぎあわせるような内発的振興なのです。

 今回はとくに後半の説明をはしょってしまったので、わかりにくかったと思います。STによる地域振興については、観光まちづくりを例にとって、次回に詳しく説明します。観光まちづくりと地域の持続可能性についても、明らかにしたいと思います。

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