せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義

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安村 克己

絡みあう現代観光と高度近代化 前半

 今回から2回にわたり、現代観光の生成と変容が、時代の背景や世界の動向とどのように絡みあっているかを考えます。現代観光は、第1回から前回の第11回までみてきたように、大衆観光から持続可能な観光へと、その形態が変化し意味づけが観光関係者によって変革されました。そうした現代観光の変化や変革は、時代の背景や世界の動向から生みだされ、転じて時代や世界の動向に影響を及ぼしています。その状況の推移について、考えをめぐらせてみましょう。

 現代観光は、第二次大戦の終戦から約10年後の1950年代後半頃、戦禍から経済復興した米欧のいわゆる先進国に観光の大衆化という社会現象として出現しました(第1回)。日本でも米欧から少し遅れて、高度経済成長がピークを迎えた1960年代に、観光の大衆化が注目されはじめています。

 大衆観光高度近代化の産物です。すなわち,高度近代化という時代の趨勢が,観光の大衆化を生みだしました。このことが,その後の観光学と現代観光の行方に深くかかわります。

 しかし,「高度近代化」という言葉は、一般にあまり使われません。だから「高度近代化の産物」や「高度近代化という時代の趨勢が……」といった表現も意味が不明瞭かもしれません。そこで,まず「高度近代化」という言葉の意味を明らかにします。話が退屈になりますが,今後の話を展開するためには,言葉の意味を明らかにします。

 高度近代化とは、文字どおり近代化の高度化です。これでは同語反復ですから、近代化の意味をまず明らかにします。ここでは近代化を,少し乱暴ですが,次のように定義します。「近代化とは,社会の経済発展を第一義の目的として,その発展に伴い個人の生活や社会の合理化・効率化・快適化をめざす趨勢」です。したがって,高度近代化は、このような近代化という趨勢の“高度化”を意味します。

 もうひとつ、能書きを付けくわえると、近代化の経済発展を生みだす仕組みは、資本主義市場経済です。一般には、単に資本主義とよばれますので、不正確にはなりますが、ここでも「資本主義」という言葉を使うことにします(資本主義の詳しい説明は省きます。関心のある方は、拙著『持続可能な世界へ 生活空間論序説』(学文社、2017年)をご覧ください)。近代化の第一義は、前述のように、経済発展なので、資本主義は近代化の原動力といえます。そして、資本主義がアップグレードした結果として、近代化の高度化したものが高度近代化です。

 こうした高度近代化が出現したのは、第二次大戦が終わって約10年後、戦禍が相対的に軽微であった米国と、甚大な戦禍から復興した日欧とのいわゆる先進国が、高度な経済成長を遂げはじめた1950年代後半のことでした。この頃、終戦から約45年後の1990年代初めまでつづいた東西冷戦のなかで、植民地から独立した国々が社会主義化するのを恐れた米国が、開発の時代の構想を提唱しました。この開発とは、まさに高度近代化を推進することであって、以来、米国とソ連がそれぞれに、軍拡と相俟って、世界を巻き込んだ開発競争、つまり高度近代化をめざす競争を推し進め、世界各国が開発をめざしました。

 しかし、当初、資本主義を発展させ高度近代化を具現できたのは、日米欧の国々でした。他方で、開発競争の相手であるソ連の社会主義計画経済が競争に息切れを来たし、その他の要因もくわわって、結局、1991年12月にソ連は崩壊しロシアとなりました。日米欧は、1950年代後半から1960年代にかけて高度な経済成長を遂げて高度近代化を進展させ、高度近代社会の基礎を築きました。

 高度近代化は、先進国に未曾有の経済的豊かさを実現しましたが、同時に急激な経済成長の副作用ともいえる、地球規模の問題を惹き起こしました。環境問題南北問題です。この2つの問題を、世界は現時点(2020年)でも相変わらず引きずっています。ただし、南北問題は、21世紀を迎えた頃から経済のグローバル化に伴いかなり様相を変えたため、いまはグローバルサウスという言葉で置き換えられています。

 さて、このような高度近代化と現代観光の関係性を、前半高度近代化の産物としての大衆観光)と後半高度近代化に抗う持続可能な観光)に分けて考えてみましょう。

 まず、1960年代から80年代の前半に、現代観光は、大衆観光のかたちで高度近代化から生みだされ、爆発的に発展しました。観光の大衆化という現象は、いまなお進行中です。大衆観光は高度近代化の産物です。次に、1990年代以から現在(2020年)にいたる後半には、現代観光は、大衆観光の弊害を克服するため、持続可能な観光のかたちで高度近代化に抗うような性質をみせはじめました。実際、持続可能な観光は、観光まちづくりの実践で、地域社会の持続可能性を体現するような事例を生みだしています(第11回)。

 この前半後半の関係性について、それぞれにもう少し詳しくみていきます。

 まず、今回は前半高度近代化の産物としての大衆観光)です。先進国の高度近代化は、莫大な経済的冨を先進国にもたらし、そこに観光の大衆化という社会現象が出現しました。先進国の観光客は、海外に飛びだし、国際観光客到着数は、1960年代以降、国際的な感染症や地域紛争などで一時的に減少しても、すぐに回復し、2019年まで右肩上がりに増大してきました。国際観光客到着数は、1960年の7000人が、2018年に予想を超えて14億人を突破しました。

 ところが、本年2020年初めに新型コロナウィルスの感染が発生し、同年3月にWHOがこの感染症の病名をCOVID-19と命名し、パンデミックを宣言しました。このあたりは、記憶の新しいところです。COVID-19が世界に蔓延した衝撃は、大きく世界の国際移動はほとんど制限され、1960年代以降つづいた国際観光客の増大は、UNWTOによれば、2020年に前年比60%から80%の減少と見込まれています。これは、国際観光にとって前代未聞の出来事です。この出来事については、後にあらためて考えることにします。

 高度近代化の産物としての大衆観光に話を戻します。高度近代化地球規模の環境問題と南北問題を惹き起こしたように、大衆観光も観光地の地域社会に環境問題と南北問題と同様な事態をもたらしました。大衆観光は、観光地の自然生態系を破壊し、文化を変容させ、経済的に豊かな観光客と貧しい観光地との間に経済格差による深刻な問題をさまざまなかたちで生みだしました。

 そうなった主要因は、大衆観光観光の経済効果を第一義に追求し、観光対象である地域の自然生態系や文化、観光地住民の生活などにかかわる観光の管理・統制を考慮しない点にありました。大衆観光の一般的な観光経営は、経済効果を追求する資本主義の原理に貫かれていたといえます。これは、大衆観光がまさに高度近代化の産物であり、高度近代化の典型的な社会現象であることを意味します。

 大衆観光の開発された観光地では、資本主義のメカニズムが作動して経済効果が第一義となり、そこには高度近代世界に発生する地球規模の問題、つまり環境問題と南北問題が生起しました。大衆観光によって、観光地は高度近代世界の縮図のような事態になったのです。

 高度近代化が惹き起こす事態について、さらにみると、①自然・生態系の破壊環境問題)(第2回)、②経済格差南北問題)(第5回)、③地域の伝統・文化の喪失(第3回)、そして④社会関係人と人のつながりの切断、という4つの問題が考えられます。そして、これら4つの問題は、大衆観光開発の観光地でも同様に生じています。

 高度近代化が生みだす諸問題にたいして、各界から多くの懸念が表明され、議論も重ねられてきましたが、世界はほとんど対処できていません。地球規模の環境問題について、1972年にストックホルム会議(国連人間環境会議)が開催されました。環境問題を訴える市民団体も、国際的ネットワークで1970年代いらい今日まで活動がつづいています。1970年代末頃から1980年代にかけて、高度近代化の問題を告発するポストモダンの思想運動が盛りあがりましたが、やがて勢いがなくなりました。

 この間に地球規模の環境問題と南北問題の弊害がますます拡大し、このままでは人間世界が破滅しかねないという危機感さえ世界中に広がりました。そこで、1983年、国連に環境開発世界委員会WCED)が設置され、環境問題と南北問題に対処する国際的方策が議論されました。当委員会が1987年にまとめた報告書で、持続可能な開発の理念が提唱さています(第7回)。この理念は、1992年の国連リオ地球サミットにおいて、世界各国の開発政策で実践されることが決議されました。

 しかし、持続可能な開発の実践は、残念ながら、いまだに成果をあげていません。2015年には、持続可能な開発目標SDGs)が設定され、世界各国がこの目標をめざしていますが、この実現もなにやらむずかしそうです(第9回・第10回)。このように高度近代化から生じた、環境問題南北問題を含む持続不可能性の問題は、なんとも解決困難です。

 けれども、現代観光は、観光関係者(stakeholder in tourism)の努力によって――観光学もかかわりながら――高度近代化の産物である大衆観光による持続不可能性問題を克服する実践に取り組み、少しずつ成果をあげています。前回(第11回)に紹介した観光まちづくりは、その代表的な事例です。

 以上のような高度近代化と現代観光の絡みあいを下図に整理しました。

図 絡みあう現代観光と高度近代化

 このように、現代観光持続可能な観光にかたちを変えて、持続不可能性問題を解決する経緯について、つづきは次回高度近代化に抗う持続可能な観光)でお話しすることにします。

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