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2021年6月29日公開

【観光学事始め:第21回】感情労働としてのホスピタリティ労働 前半

【観光学事始め:第21回】感情労働としてのホスピタリティ労働 前半

安村 克己

 

 今回は、感情労働 emotion work としての観光労働 work in tourism について考えます。前回(第20回)、観光労働とホスピタリティの話をしました(といっても、忙しくて投稿できず、ずいぶん昔の話ですが)。そのさい、観光労働の主要業務は情緒的サービスの特性をもつホスピタリティであることが、紹介されました。また、ホスピタリティには、その提供者と享受者のあいだに、両者が背負う社会関係が反映することも、確認されました。

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 このようなホスピタリティが基幹業務となる仕事を、ホスピタリティ労働とよぶとことにします。観光労働とはホスピタリティ労働だ、とも考えられます。すると、ホスピタリティ労働は、提供者と享受者の対面的相互作用であり、その相互作用には、感情の交流が伴いそうです。もちろん、ホスピタリティを介した提供者と享受者の相互作用には、感情 emotion だけでなく、知 intellect 情 emotion 意 volition で特徴づけられる精神作用の全体がかかわり、さらに、そこにはなんらかの身体的動作も相互に伴います。


 しかし、通常に類型化される肉体労働 physical work と頭脳労働 brainwork という2つの形態に照らしてみると、ホスピタリティ労働は、その労働過程において、とくに感情の働きが他の労働類型に比べて比重の高い、感情労働 emotion work と特徴づけられそうです。


 ホスピタリティは、前回(第20回)でみたように、1970年代頃から始まった産業構造の変化、つまりサービス化の展開に伴い、1990年代に多くの仕事のなかで大きな位置を占めるようになりました。それゆえに、ホスピタリティ労働に従事する労働者にとって、自身の感情をコントロールすることが、職務遂行上の重要な一要素となったわけです。


 こうした、労働者が自らの感情をコントロールしながら遂行するホスピタリティ労働を、感情労働 emotion work と特徴づけたいと思います。


 ただし、このような感情労働の定義には、問題が生じます。というのも、感情労働という用語については、ホックシールド(Arlie R. Hochschild)が、著書『管理される心 感情が商品になるとき』(1983年)において別の定義をしていて、この定義が社会科学において大きな影響力をもっているからです。


 ホックシールドは、英語の emotional labor を感情労働として定義しています。その定義によれば、感情労働 emotional labor とは「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行なう感情の管理」であり、「賃金と引き替えに売られ、したがって交換価値を有する」ものです。‘公的に’という表現は、‘労働場面で’または‘労働の脈絡で’と言い換えてよいと思います。


 この定義にもとづいて、ホックシールドは、‘商品化された感情’が組織的な操作などをとおして労働者個人に自己疎外 estrangement of self を引き起こすと主張し、主にその理由から感情労働 emotional labor を厳しく否定します。


 さらに、感情労働を emotion work として、それを肉体労働や頭脳労働と並べて用いようとすると、厄介なことに、ホックシールドは、‘emotion work’という言葉を労働類型とは別の文脈で用いているのです。ホックシールドの定義する‘emotion work’とは、人が私的な場面で生じる、感情をコントロールする作用、ないしはその場面で個人が行なう感情を操作する作業です。


 ホックシールドの‘emotion work’は、翻訳では‘感情作業’と訳されていて、‘感情の作用’や‘感情の操作’を意味します。すなわち、ホックシールドの emotion work は、‘公的な’労働や仕事としての‘work’とは無関係です。


 また、ホックシールドは、‘emotional labor‘が交換価値を、‘emotion work’が使用価値を有すると主張するのですが、この指摘は解釈にかなり混乱を招きます。使用価値と交換価値の概念についてマルクス(Karl Marx)に倣えば、使用価値は消費された商品の効用であり、交換価値は使用価値が交換され貨幣で量られるような量的比率です。マルクスが提起した一般的な使用価値と交換価値の用法にしたがえば、ホックシールドが‘商品ではない感情’と定義した emotion work に、使用価値をあてはめるのは、適切ではないでしょう。そもそも、‘emotional labor’と‘emotion work’との区分が、詳細な説明は省きますが、論理的ではないようにみえます。


 いずれにせよ、影響力の大きいホックシールドの研究によって、感情労働 emotional labor の否定的な側面が強調されたため、ホスピタリティ労働の特性を、感情労働 emotion work として考察することが、とても厄介になりました。というのも、ホスピタリティ労働をホックシールドの感情労働 emotional labor としてとらえようとすると、ホックシールドの定義に引きずられて、ホスピタリティ労働の否定的な側面、つまりホスピタリティ労働が組織に管理され、その労働を担う人たちの自己疎外を惹き起こすという側面ばかりが強調されかねません。


 実際、本学の設置申請時にもこのような問題が発生しました。設置趣意書において、観光労働の基幹業務であるホスピタリティ労働は感情労働 emotion work の特性を有する、という記述がありました。こちらの説明が不十分だったため、審査では、ホスピタリティ労働を特徴づけるさい、感情労働 emotional labor という否定的な概念を用いるのは適正でない、と指摘されました。結局、ホスピタリティ労働は感情労働 emotion work という本学の記述は、引っ込めることにしました。


 ホスピタリティ労働の研究には、たしかにホックシールドの感情労働emotional laborの特性も考察されるのですが、ホスピタリティ労働の多様な特性をさらに客観的に追究するには、より価値中立的な感情労働 emotion work 概念の適用が求められるのではないでしょうか?この価値中立的な感情労働 emotion work とは、ホックシールドの提示する emotion labor 概念とは異なり、感情の比重が高く特徴づけられるような労働/仕事 work を指示する概念です。


 ホックシールドの感情労働 emotional labor 概念を踏まえつつ、より価値中立的な感情概念がどのように構成されるのか、それは次回に考えてみます。


 なお、本学では、感情労働研究チームを堀田明美、平侑子、そして本講義筆者(安村克己)の3人で立ち上げ、ホックシールドの‘感情労働概念の再構成’、‘感情労働としてのホスピタリティ労働’、‘客室乗務員のホスピタリティ’といった研究を進めていきます。その研究結果を近くに公表する予定ですので、是非ともご覧ください。

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