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2020年9月8日公開

【観光学事始め:第8回】持続可能な観光の正体

【観光学事始め:第8回】持続可能な観光の正体

安村 克己

 

 今回は、持続可能な開発の話をつづけながら、大衆観光の弊害を克服する新たな観光のあり方の名称が、観光学においてオールタナティヴ・ツーリズムから持続可能な観光へとかわった経緯を明らかにします。そして、持続可能な観光の正体も明らかにします。先取りしていえば、持続可能な観光の正体は、 <些細な事象にみえるが実は重大な影響力をもつ事象>という、観光が本来もつ特徴の1つ、“thin edge of the wedge”(本講の「スタートにあたって」を参照)として特徴づけられます。

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 持続可能な観光の言葉が使われるようになった前提には、前回にお話ししたように、持続可能な開発の言葉が世界中に流布したという現実がありました。持続可能な開発の用語と考え方は、1987年に公表された『ブルントラント報告書』に用いられてから世界中に周知され、その後、1992年のリオ地球サミットにおいて、持続可能な開発の実践が世界各国の公約となったのでした。


 リオ地球サミットには世界172か国、産業団体、少数民族や環境関連NGOなどが参加し、会議は大いに盛りあがりました(主要国首脳はこの会議に最優先で出席しましたが、日本の首相は国会でPKO法案が紛糾したため急遽不参加でした)。この盛り上がりの背景には、環境破壊と南北問題という、地球規模でますます深刻化する人類の難題があったのです。このサミットでは、世界各国が、発展途上国も先進国も、持続可能な開発の理念を尊重し国際的公約として実践する国連の文書を批准しました。このときだけは、世界が団結して持続可能な開発という公約を締結できて、世界各国に浮かれた感がありました。


 しかし、持続可能な開発の実践が頓挫するのに時間はかかりませんでした。その主な原因はいくつかあります。たとえば、大国の方針転換がありました。米国は政権がかわると方針を変更し、ロシアは最初からその実践に消極的でした。その実践をめぐる負担の増減をめぐる意見の相違も紛糾し、とくに先進国と発展途上国の確執が実践にあたって鮮明になりました。当時、経済成長が本格化して環境問題の悪化した中国は、自国が発展途上国側であることを主張して、こちらも環境問題対策に消極的でした。結局どの国も、従来の経済成長と開発を再考し抑制しようとはしませんでした。


 このように、リオ地球サミットでせっかく世界中に盛りあがった持続可能な開発の理念は、その実践にうつるとすぐさま躓いてしまいました。持続可能な開発の成果の検証が、リオ地球サミットから10年後の2002年に、ヨハネスブルグ・サミットWSSD: World Summit on Sustainable Development 持続可能な開発に関する世界会議)でなされました。このサミットの結論は、<持続可能な開発の成果はほぼない>ということでした。


 ただし、ヨハネスブルグ・サミットでは、観光の持続可能な開発sustainable tourism development)の実践が、高く評価されました。その評価では、観光がエコツーリズムの形態で観光地の自然・生態系を保護しながら地域の経済状況を安定させていると指摘され、また観光によって地域文化の保全を強化するように提案されています。


 ヨハネスブルグ・サミットが開催された2002年の時点で持続可能な観光という言葉は、観光研究で用いられており、世界中でも一般に使われはじめていました。1992年のリオ地球サミット以降、UNWTO(当時はWTOですが、詳しくは第6回を参照)は、“sustainable tourism”という言葉を使うようになりました。1992年のUNWTOでは、“sustainable development of tourism”という言葉がみられ、また2002年のヨハネスブルグ・サミットでは、前述のように“sustainable tourism development”という言葉も用いられています。


 さて、このように“sustainable tourism”という用語が使われた経緯を踏まえて、マス・ツーリズムに置き換えられる新たな観光のあり方として、オールタナティヴ・ツーリズム持続可能な観光の違いを明らかにしてみましょう。結論を先にいえば、オールタナティヴ・ツーリズム持続可能な観光は、言葉が換えられただけで、その内実は同一である、ということです。少なくとも、私はそう考えています。


 ただし、観光学の辞典や事典をみると、この2つの用語には、たいてい別々の説明がつけられています。しかし持続可能な観光という言葉は、これまでにみたように、世に知られた持続可能な開発という言葉にならい、UNWTO観光学によってオールタナティヴ・ツーリズムという言葉と取り換えられただけなのです。


 ところが、観光による持続可能性の実践は、持続可能な開発が議論される以前から、オールタナティヴ・ツーリズムとして推進されていたのです。オールタナティヴ・ツーリズムは、マス・ツーリズムが惹き起こした観光地の自然破壊や文化変容を克服し、むしろ自然を保護したり、文化を保護し再構成したり、ときには文化を創造したりして、地域の自然や文化の持続可能性を実践し、さらに地域社会の持続可能性すらも実現して、そのうえで観光の持続可能性をも具現しました。


 観光は、持続可能な開発の言葉が頻繁に使われるようになった以前から、観光と地域社会の持続可能性を実践していたのです。そして、持続可能な観光とは、開発の持続ではなく、観光によって地域の経済と文化と自然と社会関係を相互にバランスよく結びつけて活性化される状態を築く実践なのです。これが、持続可能な観光の正体です。このような持続可能な観光の実践の仕組みについては、さらに詳しい解説が必要なので、別の機会にあらためて説明します。私は、観光が実践した持続可能性こそが、持続可能な開発が本来めざした世界の持続可能性だと考えています。


 話が少しややこしくなりましたが、持続可能な開発の理念持続可能な観光の実践の関係をじっくりと考えてみてください。持続可能な観光の実践は、持続可能な世界の実現におそらく大きな示唆をもたらすにちがいない、と私は考えます。


 持続可能な開発の概念は、それが推進された当初から、多義性や曖昧性が指摘されました。第7回でも指摘したように、持続可能な開発の考え方を提唱した環境開発世界委員会WCED: World Commission of Environment and Development)の意図は、<開発を持続可能にする>ことではなく、おそらく<世界を持続可能にする開発を考えること>であったと推察されますが、このあたりの議論がきちんとなされていません。


 そのような議論が十分になされないままに、SDGsSustainable Development Goals)とよばれる持続可能な開発目標が、2015年の国連持続可能な開発サミットで採択され、2030年までに持続可能な世界をめざす課題となっています。SDGsの取り組みを安易に受け容れることに、私は懐疑的です。というのも、SDGsには、世界に持続不可能性の現実を生みだしている元凶である開発という問題、そして開発の原動力である資本主義経済の問題が徹底的に議論されていないからです。このような疑問を考える手がかりとして、持続可能な観光の実践がとても役立ちます。次回は、持続可能な観光開発資本主義経済に抗うようにして持続可能性を実現した意義を、さらに掘りさげてお話しします。

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