⑩せとうち回顧録(観光バブルは終焉か、終演か) | せとうち観光専門職短期大学|業界最先端の学術と実務を学べる

せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


多 昭彦

⑩せとうち回顧録(観光バブルは終焉か、終演か)

 パソコン等に「しゅうえん」と入力し変換すると、いくつかの熟語が出てくる。そのうちのふたつ「終焉」と「終演」を用いて、数年前からの観光の状況について振り返る。

 まず初めに「終焉」と「終演」とそれぞれに意味について確認しておきたいが、国語辞典にはそれぞれ以下のように記載されている。

「終焉」

生命が終わること。死を迎えること。また、その時。臨終。最期。末期 (まつご) 。比喩的にも用いる。

「終演」

演劇や演奏などで、その回またはその日の上演が終わりになること。はね。

 新型コロナウイルス感染症については、全国的に感染者の数が減少し、9月30日に緊急事態宣言が解除されたことにより、国民の間にも安心感が広がっている。今後の感染再拡大を危ぶむ声もある中、これまで行ってきた感染対策を継続しつつも、徐々に元の生活を取り戻したいというのが大方の人の思いではなかろうか。私のようなへそ曲がりにとっては、余計な宴会が行われなくなったことや、虚礼が廃止されたこと、テレワークが進んだことなどそのままであってほしいことも多々あるが、日常を取り戻し、非日常である「観光」を堪能したいという思いはある。

 言ってしまえば、せとうち観光専門職短期大学(以下「本学」という)の創設も「観光バブルの賜物」であると考えている。細かなデータや説明は、別の機会に専門家の先生方にお願いするとして、事務屋(私は自分の「事務の技」を売って生活しているつもりなので、自分のことを「事務屋」と読んでいます。)として、当時の状況などを思い返してみたい。

 本学の設置計画の策定や認可申請書類の作成に当たっては、その時の社会状況や将来予測等を十分に考慮して、本学を創設するだけでなく、さらに発展させ、未来永劫「大学」としての運営体制の安定と教育の質が保証できるということを証明しなければならない。

 当時の社会状況としては、インバウンドの隆盛とオリンピック・パラリンピックや万博、瀬戸内国際芸術祭等のビッグイベントの開催、全国的なIRの誘致等を睨んで、「観光立国ニッポン」は右肩上がりの状況にあった。それに加えて、日本政府(担当省庁まかせではなく、官邸が直接指示)が観光振興策に多額の予算を投資し、中長期的な観光振興の目標を明確化(約束)したことにより、「観光バブル」は最盛期を迎えていた。よって、これらを説明することは困難なことではなく、エビデンスも多く存在したため、日本の観光の現在と未来、瀬戸内地域の現在と未来についての説明も十分に行うことができたと思っている。ただし、当時これらを整理しつつ、1点だけ気になっていたことがある。

 それは、観光需要等のデータとして、インバウンドは急激に右肩上がりで推移していたが、日本人の海外旅行や国内観光については、ほぼ横ばい状態にあったことである。もし、何らかの事情でインバウンドが衰退したら、これらの説明も成り立たなくなるのではとの危惧はあった。しかしながら、それが新型コロナウイルスによる感染症の拡大で、いとも簡単にしかも急激に現実化してしまうなど想像すらできなかった。何の心配もしないまま、2019年の10月末に設置認可申請書を提出した。

 中国で新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃、幕張メッセにおいて観光と地域創生をテーマにした展示会が開催され、多くの企業や地方公共団体等がブースに出展した。会場には大勢、人が押し寄せた。私もその一人として(もちろんマスクをして)旅行会社や航空会社、地域創生を支えるIT企業等のブースを覗き、同時開催のシンポジウムにおいては、国会議員、地方の首長や企業経営者等の講演(サクセスストーリー)を聞いたが、そこにあるのは「さらなる夢」や「明るい未来」ばかりで、「不安」や「心配」の欠片も存在しなかった。その約1か月後の2020年3月に、設置認可申請書の第1回目の補正申請書を予定通り提出した。

 その後私は体調を崩し、発熱(37.5度未満)や頭痛に2~3週間苦しめられたが、その頃は熱があってもなかなかPCR検査もできない状況にあり、市販の薬を飲んで寝て治した。(結局、原因は何だったのかわからないままである。)自分の体調は戻ったものの、これはまずい状況になってきたと感じた。2020年4月以降、日本においても本格的な流行が始まり、体調が悪い間ずっと眺めていたTVのニュースで伝えられる状況は、悪化の一途をたどった。その後状況はここで説明する必要もなく、皆さまご存じのとおりである。

 結局、コロナ禍による観光業界や飲食業界への打撃的な悪影響は、設置認可の審査の対象にはされず、別の事情により審査が2か月遅延したものの、本学は無事認可され、2021年4月に創設されたが、「観光バブル」がはじけたことには変わりなく、今後も当分の間は、本学の教職員及び学生が厳しい状況の中で、ご奮闘されることを期待するところである。

 緊急事態宣言が解除された今、「観光バブル」は終焉したのか、そうではなく、終演したにすぎず次の幕が開くのを待っているのか、まさにその分岐点に差し掛かっていると言えよう。早くもGO TO EATを再開した自治体もあり、新首相がGO TO 2.0を提唱し、国土交通大臣も積極的な姿勢を示したことから、早晩、再開されることは間違いないと思われるが、いずれにしても、インバウンドや日本人の海外旅行の需要が急速に伸びるものとは考えにくく、当面は国内旅行をいかに回復させるかということが焦点となるものと思われる。

 「観光バブル」という舞台は「はね」たが、完全に弾け飛んだわけではない。私自身もそう思っていることに間違いないが、昭和の終わり頃から平成の初期にかけて起こった「バブル景気」とその終焉を経験した年代の人間としては、もと来た道が近くに見える状況にはない。  

 次の公演の幕がなるべく早く上がることを祈るばかりである。

← この教員の講義一覧へ戻る