せとうち観光専門職短期大学

観光Web講義


平 侑子

動物駅長―ありふれた動物を特別な存在へ

 今回は、動物駅長について紹介します。動物駅長とは、その名の通り、駅長に就任した動物のことです。といっても動物ですから、人間の駅長と同じ職務を担っているわけではありません。駅で待機し、乗客を出迎えるのが主な仕事です。マスコット的存在として人気があり、動物駅長を目当てに遠くから訪れる人もいるほどです。

 動物駅長の先駆けは、2002(平成14)年に旧片上鉄道吉ヶ原駅の駅長となったネコの「コトラ」だといわれています。看板猫・看板犬などは昔から至るところにいましたが、動物が駅長に就任し、遠くから人々を呼び寄せるといった図式は、ここ20年くらいの新しい動きといえます。

 全国にはさまざまな動物駅長が存在します。例えば、JR北海道新十津川駅のイヌ「ララ」(2020年死去)、山形鉄道宮内駅のウサギ「もっちぃ」、会津鉄道芦ノ牧温泉駅のネコ「ばす」(2016年死去)と2代目駅長「らぶ」、しなの鉄道牟礼駅のヤギ「ロール」、和歌山電鐵貴志駅のネコ「たま」(2015年死去)、阿佐海岸鉄道宍喰駅の伊勢エビ「あさちゃん」「てっちゃん」(現在3代目)などが有名どころでしょう。

 なかでもその代表格といえるのが、和歌山電鐵貴志駅の「たま」です。「たま」は、貴志駅に隣接する売店で飼われていた三毛猫で、2007(平成19)年、廃線寸前の貴志線が和歌山電鐵へと引き継がれる際に、社長から直々に駅長に任命されました。「たま」のために、ネコ用の小さい制帽が作られ、キャットフード一年分の給料が用意されました。駅長を務める「たま」の存在は大きな話題を呼び、新聞、テレビ、雑誌などで取り上げられるだけでなく、世界のネコを紹介するフランス映画にも日本代表として出演しています。

 「たま」に会いに、アジアを中心に海外からも多くの観光客が押し寄せました。経済学者の宮本勝浩は、「たま」のグッズ売上、観光客の消費額、鉄道の乗降客数を合算して、総額10億9400万円の経済効果があったと算出しています(2012年 『「経済効果」ってなんだろう?―阪神、吉本、東京スカイツリーからスポーツ、イベントまで―』)。2015(平成27)年に「たま」が死去した際には和歌山電鐵によって社葬が執り行われ、約3000人もの人々が参列したことからも、「たま」の人気と和歌山電鐵への貢献度の高さがうかがえます。

 動物駅長について注目すべきは、駅長となる動物が特別な種類の動物ではないという点です。動物駅長の多くはイヌ、ネコ、ヤギ、ウサギなど、ペットとして飼えるようなありふれた動物です。少なくとも、江戸時代の動物見世物(本連載第3回参照)のような一見の価値ある珍しい種類の動物というわけではありませんし、芸もしません。「たま」は、売店で飼われていたという縁があって駅長になったわけですが、おそらく「たま」でなければ駅長職を担えなかったというわけではないでしょう。実際、「たま」の高齢化に伴い、別の三毛猫「ニタマ」が駅長代行を務めるようになり、「たま」の死後にはそのまま駅長職を継いでいます。

 動物駅長は、初めから特別な動物を選抜するというよりも、たまたま縁のあった動物を駅長に任命し、制帽をかぶせるなど擬人化し、情報を発信し、乗降客に愛着をもたれることで特別な存在へと育まれていくのです。そのため、特別な動物を探さなくてもよいのですから、駅の中で動物を飼育できる環境、観光客を迎え入れる環境が整っていれば、駅長の代替わりは比較的容易なはずです。ここ20年で全国に広がった動物駅長は、初代の高齢化や寿命に伴い、各地で2代目・3代目が就任しつつあります。どのように次代の駅長へと引き継いだのか、あるいは引継ぎを考えなかった場合はどのような理由があったのか、動物が活躍するレジャーの一つとして、今後も要注目の存在といえます。

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